結局俺は足手まといにしかならないのか。こういうときに、せめて長門や古泉のような能力の欠片でもあればと思う。これじゃ、RPGに出てくる勇者達を羨む村人Aだよな。
 非常にメランコリックな気分で体育館に一人座り込んでいるわけだが、体育館はものすごく冷える。それはもう冷凍庫に入れられた冷凍マグロの気分だ。このままだと、外じゃ雪でも降りそうだな。
 突然。
 ザザザ…というノイズ交じりの機械音。その中に聞こえる、かすかな人の声。なんだ、何が起こった?辺りを見回すが誰も居ないし、体育館のスピーカーというわけでもなさそうだ。
 そして小さなバイブレーション。そうか、トランシーバーが繋がったのか!
 ポケットから慌てて小型トランシーバーを取り出す。ボタンを長押し、誰か聞こえるか?!
「……ぇ…聞………返…え…聞こえ……して」
 ノイズが徐々に小さくなり、長門の声がトランシーバーから響く。
「聞こえたら返事を」
「ああ、聞こえてるさ!」
 大声で叫ぶ。あ、ボタン押し忘れた。
「私たちは既に元の世界に戻った」
 なんだって、俺はどうなったんだ。
「先ほどの空間分離という現象により、あなただけそちらに取り残されている模様」
 ま…、
「マジなのか?」
 俺だけか、俺だけこっちの世界に取り残されているってことか。
「そう」
 淡々という長門に俺は、もう幾度と吐いてそろそろ燃料切れしてもいいんじゃないかね、白いため息を吐く。さすがにこれはきついぜ。
 こっちの世界で一人。その上、この体育館からすら出られない。こりゃ、雪山でビバークしたはいいが途中で荷物を落とし、飢え死にか救助かを待つしか方法がない遭難者の気分だぜ。
「聞いて」
 長門が少し真剣になっている気がする。
「まだこちらの世界は元に戻っていない」
 性格改変状態のままなのか?
「………そう、説明を」
「分かったさ」
 突然長門の声がフェードアウトしたかと思うと、今度は別の声が。
「キョン君、さっきぶりだね」
「鶴屋さん?」
 何故鶴屋さんが。
「あたしのせいなのさ。やっとこさ世界を元に戻そうとしたら、何故か戻ったのは長門っち達だけだったんだよ。あの後、すぐ外に出たあたしも、空間が不安定だったみたいで強制的にこっちに戻されちゃったみたいでね」
 だから鶴屋さんがそっちに居るんですね。
「さすがにもう、あたしだけじゃどうしようもないんだ。それで、長門っち達にあたしの身の振りを全て任せる代わりに、手伝ってもらおうと思ったんだよ」
「あまり理解できませんが、つまり長門達と手を組んだ、ということでいいんですか?」
「手を組んだ、というよりは手下になった、って方が正しいかもね」
 たはは、と苦笑しているんだろうな。
「でも、長門っち達でもさすがに今回のことは手に負えないらしくて、困ってたところだったのさ」
 長門達でさえ防げなかった能力を持っているんだ、いくらなんでも簡単にどうにかできることはないと考えて、至極当然のことのように思う。
「そしたらキョン君がまだそっちに残っているって分かったから、キョン君にも手伝ってほしいんだ」
 俺が何か言う前に鶴屋さんが言い直す。
「無理に、とは言わないよ。随分とみんなを引っ掻き回したからね、ある程度覚悟はしてる」
 さて、俺はここでなんと答えるべきか。
 1.ええ、いいですよ、それくらいお安い御用です
 2.面倒ですし、嫌です
 3.とにかくそちらに帰してください
 そうだな、答えは4だ。選択肢に無いが、ね。
「一つ条件があります」
「あたしが無理じゃないことなら、何でも聞くさ!」
 こちらからは見えていない。でもきっと鶴屋さんの顔は明るくなったんだろうな、声から察すると。
「朝比奈さんと仲直りしてください」
 一瞬にして声のトーンが落ちる。そりゃそうだよな。
「………無理さ。あたしは良くても、みくるが」
「朝比奈さんは別に嫌ったりしてないと思います。ちょっと驚いて、どうしようか迷っているんでしょう」
 鶴屋さんと一緒のときは、本当に楽しそうだった。それに良き理解者でもあった、少なくとも俺からはそう見えた。
「それにあの写真立てだって大切なものなんでしょう」
「ああ、あれかい。…そうだね、あれは初めてみくると写真を撮ったときのものさ。ちょっと強引に誘って写真を撮ってもらったけど、最初は話しかけても全然返事が返ってこなくて困ってたんだけどね、段々打ち解けるようになれて……うん」
 涙声になっているのが機械越しでも分かる。そう、だからこそ。
「だから、お願いします」
「…………分かったさ。善処してみるよ」
「じゃあ、俺もそちらの要求、飲ませていただきますよ」
「ありがとう」
 もったいないじゃないか。鶴屋さんだって、朝比奈さんだって大切なSON組の仲間だ。これを作ろうなんて言い出したあのハルヒだって今はなんだか健気で、このままにしておきたいような気もするがね、いつもの突拍子の無さがないと、やっぱりしっくりこない。ああもう、みんなまとめて引き受けてやるさ!
 ガラにもないと自嘲してみる。しかし、毒を食らわば皿まで、ここまで来たら後には引けねぇ。行くところまで行ってやるさ。