何にしても、ここは言われた通りにするしか方法はあるまい。どうやら既に退路はふさがれているようだし。
「いい? 1回しか言わないよ?」
「任せておけ」
と言いつつあまり自信は無い。なんといっても、そこかしこにする非人間臭。こんなのに日本国の、いや世界の常識が通用する相手だとは到底思えない。
そしてその予想は数秒後に現実となる。
「1、2、2、1、3、6、4、3、5、4、4、4、3、1、1、2、3、6、5、1、2、4、5、5、6、5、6、3、1、2、2、4」
フラッシュ暗算だったか。そういうのが得意な人間ならば、おそらくこれくらい聞き取れるし、覚えられるんだろう。人によっては3桁の数字を20個とか、1秒1個のペースくらいで出しても、その合計を正解するらしいし。
だがそういう人間は生まれた頃からそういう特異的な能力を持っているか、はたまたそういうことに特化するような教育を受けた人間だけが持ちうる能力であり、一般的とか平々凡々という言葉が非常にマッチしている俺にとって、朝倉と長門がやりあっていたときの呪文合戦のときほどではないにしろ、さっきの読経にしか聞こえない数字の羅列は記憶できる限界をチョモランマすら凌駕する勢いで超えていた。
最初の5個くらいでもう俺の脳内にある海馬は記憶するという作業を放棄していた。特殊能力なんて持っていない、ただのしがない高校生にこれを全部、それも1度で覚えろというのは、生まれたての子犬にサーカスの火の輪くぐりを練習なしにやれというようなものだ。火の輪くぐりは失敗したら体を焦がすことになるが、それが無いって点を考慮すればこっちの方が安全か。
「さあ、順番にボタンを押して」
「その前に、どれがその番号に合うボタンなのかを教えてくれ」
聞いたところでさっきの番号の順番を覚えてないから意味が無いんだが、あっさりと戦闘放棄するというのも悔しくて、そんなことを尋ねてみた。
だがそんな問いに、少女の姿をした何かは小馬鹿にするような笑い声を上げて、
「教えてあげない」
実に腹立たしい。顔は見えないが、おそらくあざけっている表情なんだろうな。見た目が少女であるだけで、中身は全く違うって可能性も高そうだ。
「あなた、ボタンに振ってある番号の部分を取り外した?」
「何を言ってるんだ?」
「ほら、さっき見たでしょ? ボタンの上に何かがあった跡。でも私たちはそれが何か分からなかった。きっと本来は番号が書かれていたか、書かれたプレートか何かが貼ってあったのよ」
言われてみれば確かに辻褄が合う話だ。
そよ風が吹きぬけるような声。「そうだよ。でも教えてあげない」
ふわりふわり、くるぶしまであるスカートを揺らしながら、少女特有の高い笑い声を部屋に響かせる。全く、なんでこう、妙なやつに構われるんだろうな。そういうのはハルヒのやつにしてやってくれ。きっと両手叩いて喜ぶんだから。残念ながら俺にはそんな雅量は持ちあわせていない。他を当たって欲しい。
「どうしたの? 押さないの? 押さないともっと凄いこと起こっちゃうよ」
進むも地獄、退くも地獄とはまさにこのことだ。ついでに可愛さ余って憎さ100倍、という言葉も良く分かる。可愛いかどうかってのは顔も見えていないから分からないけどな。
もうこうなったら予想でいくしか無い。
ボタンの番号は……きっと部屋を真上から見たときに1番右上に来る柱から右へ順に1、2、3だろうと思う。4、5、6はコの字を描くように配置してあるとすれば右から順だが、常に左からって可能性もある。ああ、さっそく泥沼だ。
なんとかあの早口の番号で最初の5つは覚えている。1、2、2、1、3、だったはずだ。次は……6、いや4?
「早くしないと、凄いことになっちゃうけどいい?」
「良くない」
即答した。当たり前だ。そんな勝手なもんを認めてたまるか。
そうは言っても、分からんものは分からん。1度蜘蛛の巣に捕まった蝶は、どれだけ足掻いてもその粘性ある糸からは逃れられないのが道理であるのと同じく、1度しかないチャンスで完全に聞き逃してしまえばどう意気込んだところで、何もできないのは必然だ。
「うーん、じゃあボタンの番号を2つだけ教えてあげるね。入ってきた扉から見て、1番左奥が6番。右奥が2番だよ」
6番と2番? 1番と3番じゃないのか。
だがこれで分かった。真ん中奥が1番で、手前が右から3、4、5だな。
「待って。左奥が6で右奥が2のとき、左手前が5、真ん中奥が4、手前が3、右手前が1って可能性もあるわ」
しまった、そういえばそうか。
「うふふ、その前に番号が綺麗に順番として並んでいるとは限らないよ」
どこまで卑怯なやつなんだ、こいつは。俺たちが苦しんでいるのを見て喜んでいる。くそう、人間とは思えないことをしやがる。って人間じゃないんだっけ。
苛立ちながらもどうにか打開策を考えようとしていると、すっと近づいてきた朝倉が耳打ちしてきた。
「ボタンの番号だけでも分かればいいんだけど」
「つってもさっきの番号を全く覚えていないからどうしようもない」
「私が覚えてるから」
……そういえばそうだった。こいつも常人じゃないんだっけ。長門のバックアップではあるが、俺みたいな常人から比べれば遥かにハイスペックなんだよな。
ということはやっぱりあいつが隠して分からなくなっている番号を当てなきゃいけないってことか。宝くじを1枚買って、数百万以上当てるくらいに難しいぞ、これ。
やれることは全部やろう。というわけで時間稼ぎを試みた。