さて、偉そうなことを言ったはいいが、ここからまず出られないんだよな。
「大丈夫さ。空間分離は核を使用しない場合、数十分で切れる仕組みになってるのさ」
ってことはそろそろ出られるってことですか。
「そういうことになるね。まあ、外がどうなってるか分からないから気をつけて」
分かりました。
冷え切った体育館から出られればそれでいいさ。そんな思いで扉に手を掛ける。開いてくれよ!
ゆっくりと扉を押すと、さきほどとは打って変わって、ゆるゆると動き始める扉。
ああ、お陰で思わず扉を閉めてしまったね。何故かって?
白かった。
いや、どういうことかといえば、視界に入る地面という地面一帯に雪が敷き詰められていて、こんな時期に雪が降るなんてここは雪国かと錯覚してしまうくらいだ。
「どうしたんだい?」
静かになったことを訝しんだか、鶴屋さんが話しかけてくる。
「いえ、外がすごいことに…。雪が一面に積もっています」
「雪?なんでだろうね…」
この世界の創造主たる鶴屋さんが分からないんだ、俺が分かる訳がない。にしてもこの状態じゃ何をするにも前に凍えそうだ。制服だけじゃ寒い。
「そうだね、とりあえず学校の中に入ったら、何かあるんじゃないかな?」
つまり、拝借するというわけですか。
「まあそういうことさね。必要経費、必要経費」
必要経費と言っていいんだろうかね、この場合。
「それにその世界は本物の世界じゃないんだから、大丈夫さ」
さて、どうでしょうかね。鶴屋さんが存在する世界がまた別に存在するなら、この世界はこの世界でまた誰かにとっては本物の世界なのかもしれないわけだ。
「うーん、まあそうだけど。難しいことは言いっこなしさ。とりあえず、学校の中へ」
そうですね、何にせよここを出るしかなさそうです。
おそるおそる扉を開ける。やはり白い。何処までも白い。限りなく白い。
というかただでさえ白いのに、その上からまだ白いものが降ってくる。雲もそんなに氷の粒をせっせと生産しなくてもいいと思う。ちょっとくらい休憩したらどうだね。
さくさくと音を立てながら、土足で入って良かったな、雪道に足跡をつけていく。足元からも冷え冷えとした空気が来てくれるお陰で体は冷える一方。さっさと学校内に入りたいもんだ。
玄関口までやってきた下足箱を開けると自分の上履きがない。というか他の下足箱を見ても全く存在しない。なんじゃこりゃ、今日に限ってみんな持ち帰ったのか?
「うーん、もしかするとまた別次元と繋がった可能性もあるね」
次々に別世界を転々とするのはそろそろやめてほしいところだ。
職員室には、書類や採点中のテスト用紙がそこここにおいてあったりするが、肝心の教師の姿は見当たらない。俺のテストも朱入れされているのかもしれんな、どこかで。
そんな中、壁に暖かそうなコートを見つけて、すみません、ちょっとお借りしますと誰ともなく断りを入れてから袖を通す。見た目通り、いや見た目以上に暖かいそのコートを着て、職員室を出る。次はどこへいけばいいんでしょうかね。
「とりあえず教室に行ってみてくれないかな。同じ次元なら、まだ帰るための機械とか残ってるかもしれないからね」
分かりました。
どこまでも閑静な教室を一人、静かに歩いていく。最近本当にこういう状況多いよな、何も物音がしないって。通り過ぎる度に教室を覗いてみるのだが、やはりどの教室にも生徒や教師はおろか、その他の何か生きたものを見ることはない。
実は避難訓練をしていて、今の間だけみんなが教室から外に出ているんじゃないかと思うくらいだが、このクソ寒い中で避難訓練なぞするわけがないし、そもそもこんな時期じゃなくて防災の日である9月1日にやるべきである。
もし、この状況で校長が英断して避難訓練をやったとしても、集まるのは校庭だろ?しかしその校庭には、残念ながら庭駆け回ってる犬の姿さえ校庭にはないし、さっきまで人が居たような足跡さえない。やっぱり何かおかしいよな。
粉雪がぼたん雪に変わり始めている中、俺は階段を上がって2年の朝比奈さん、鶴屋さんがいつもなら授業を受けている教室までやってくる。ガラガラと扉を開けると、暖かい空気が外に放出される。ヒーターがつきっぱなしになっていたようだな。
待てよ、誰がこんなものつけたんだ?
誰の姿もないのは相変わらずだが、この教室だけは蛍光灯とヒーターが点いていて、今し方まで誰かが居たのかという様相である。
さっぱり分からん。とりあえず、次はどうしましょうか?
………鶴屋さん?聞いてますか?おかしいな、さっきから返事がない。
ん?ボタンを押してもランプさえ点かないぞ。まさか、電池切れとかいうんじゃ…。
耳を澄ませても、やはり何も聞こえない。やばい、これはやばいぞ。
部屋は暖かいお陰で風邪を引く心配はなさそうだが、このままじゃ向こうに帰るに帰れない。どうする?適当に帰る方法を探すか?
無理に決まってる。そんなの分かるわけがねえ。俺がそんなこと分かる人間だったら、とっくにもう帰って、朝比奈さんが淹れてくれた緑茶を啜りながら、あのSON組総本山である教室で談笑してるさ。
コートを脱いで、手近な机の椅子に掛ける。こんなことならコート借りてくるほどではなかったな。さて、ここから何をするかね。電池とかで動いているなら、どこかに換えの電池でも探しに行くが、さすがにこの大きさじゃ単三じゃないよな、ボタン電池か?
いや、それ以前に電池なんだろうか。バッテリーとかで、実は専用のアダプターがあるとかだな…。
と、ガラガラと扉が開いた。俺じゃない、誰かが入ってきたんだ。
驚いて振り向くと、丁度扉に背を向けるように座っていたからな、そこには長門の姿が。ここまで安堵したのは久しぶりな気がする。
「長門、こっちに来れたのか。来れたなら来れたと…」
「あ、あの、誰ですか?」
…どうやら、まだまだ帰るのは先の話になりそうだ。