ジュゴンが居るのは、さっきペンギンが居る建物へ行くために順路の途中で抜けた扉から戻って、順路通りに進めばすぐに見つかった。ガラス張りになっている天井を優雅に泳いでいるジュゴンを見て、また長門から些か普段の無表情とは数パーセントくらいに別な顔が垣間見えた。
「生態的な知識は備えている。でもそれらを水槽で飼って見るという行為が理解できない」
ペンギンのときから薄々そういうのを感じていたみたいだな。何故、と言われても何故だろう。楽しいからだろうとか、そんな曖昧な返答しか俺は持ち合わせていない。長門もその答えに期待しているわけでもなさそうだし、それ以上は考えない方向で決定した。
きっちり順路を守って別の水槽へ進む度、うっすらとではあるが長門の別パターンの表情を紙芝居みたいに見ながら、いつの間にか入り口辺りへ戻ってきた。半周しかしていないから、まだ11時半を少し過ぎたところだ。後1時間はあるな。どうせなら残りの半周も回ってみるか?
尋ねたところで俺の携帯が他者からの電話を、本体についているスピーカーから喧しいくらいにポケットの中で告げた。誰だ、こんな時間に電話を掛けてくるのは。
『キョン、集合よ』
通話ボタンを押して長門と順路にもう1度戻ろうとして、電話の主の声に首をかしげた。ハルヒ?
「どういうことだ」
『いいから。有希もそこに居る?』
「居るが、」
『早く来なさいよ』
一方的に電話を切りやがった。何がなんだかさっぱり分からん。
隣に居る長門も「どうしたの」という目を向けてくる。
「ハルヒからだ。俺も良く分からんが、とにかく集合だそうだ」
仕方が無い。雷が落ちる前にさっさとその場へ行こうか。幸い近いしな。
「割と早かったわね。近くに居たの?」
「ああ」
集合、と言った割に居たのは何か良く分からない勝ち誇ったような笑みを見せているハルヒだけだった。他の奴らはまだ来てないとか?
いやいや、少なくともハルヒと一緒に行動していた2人は一緒に居ていいはずだ。そもそも集合だと言っているのにハルヒが好き勝手行かせるわけが無い。
トイレという可能性は無いとも言えないが、サメを見に行った朝倉と鶴屋さん、ナマコを見に行った実希も見当たらない。俺たちがたまたま近くて最初に集まってきただけかね。
「実にいい心がけね。5分前行動は大切よ」
5分前行動て。電話してすぐに来い、とか言っていたのに5分前も何も無いだろう。
「そういう気概で急ぐってことよ。ほら、学校の活動では5分前行動は基本でしょ。それは時間丁度に来ようと考えていると、思わぬトラブルに巻き込まれたりしたときにも時間をやりくりできる。なんといっても今日はSON組としての部活動なんだから、もちろん5分前行動は必須なのよ」
これ、部活の一環なのか? ただ遊んでるだけにしか見えないが。
そう言っても平日の活動だって似たようなもんか。ゲームをやっているか、読書をしているか、パソコンでインターネットをしているか。大体そんなもんだ。これは何部かと尋ねられたら、真っ先に声を返してやりたい。俺が1番知りたい、とな。
尋ねても答えが返ってきそうなところだけは尋ねておこう。最初からまともな返答を寄越しそうに無いところは尋ねるだけ時間の無駄なのは言うまでも無いから、尋ねる前に選択肢の取捨が必要になる。ま、先に何を尋ねれば答えが得られるかは大体分かるという辺りだけは思考パターンが明朗なヤツだよ。普段考えていることは混沌すら尻尾をまいて逃げ出しそうな気がするが。
「部活動の一環だとか、5分前行動云々ってのは納得しよう。それよりも俺たちをここに呼んだ理由を教えてくれ」
見て回らなきゃ納得がいかんと言うわけでは無いのだが、せっかく回る気になってすぐにそのやる気を摘まれたんだ。理由くらい教えてもらってもいいはずだよな。
「ああ、それね。それはほら、見れば分かるでしょ」
頷いてハルヒは店の入り口付近を指差す。老若男女、結構な数の人間が出入りしている。良く見えているわけではないが、この分だと中に人が結構って、ああ、そういうことか。
メンバーは俺たち全員で8人分。つまり8人分の席を確保しなければならない。1つのテーブルで8人座れる席があればいいのだが、そこまで余裕があるかは分からないから場合によっては4人と4人の席で分かれる必要があるだろう。
だが12時半にもなれば、どこの席もいっぱいできっと空いてない。せいぜい取れて1人とか2人の空席だな。でもそれじゃ足りない。2人だけここで食事を取って、他の6人はどこかで食って来い、なんてのはいくらコンピ研から最悪な方法でパソコンを強奪してきたハルヒだって言わないだろう。多分。きっと。おそらく。
「だから先に席だけ取っておいたのよ。というか他の皆が取ってくれてるわ。あんたと有希がラスト」
ハルヒ以外の姿が見えないと思ったら、どうやら中で既に席を取っているらしい。やっぱり俺が関わる班は滅多なことが無ければ最後なんだよな。みんなで示し合わせているんじゃないだろうか。そして傍若無人の極みにそろそろ達していそうなハルヒを半ば強引に俺へと押し付けているようにさえ思えるね。
取ってある席は海を臨むことができる最良地だった。
「おかえりなさい。楽しめましたか?」
俺たちの姿を見て、まず最初に朝比奈さんがそうはちみつのような笑顔で尋ねてくれる。ええ、結構楽しめました。
「ふうん? どこへ行ってきたのよ。キョンのことだから、どこか席を借り切って昼寝でもしてるかと思ったけど」
お前が俺をどう評価してるのか、良く分かったよ。予想通りだったが。