図書室は向こうの図書室と同じ大きさ、同じ場所で、大きくもなく、小さくもなく、まあ学校に丁度いいくらいの大きさの図書室である。
入り口付近には貸し出しカウンターがあり、その前に返却直後の本が本来置かれている棚があって、部屋の外周は本棚で囲まれている。一角には勉強するスペースがあり、俺達の世界ではテスト前なんかには席が大体埋まる。
何を使って調べればいいかね?接触位相とやらは辞書で調べれば載ってるのか、それとも「今日の接触位相」なんて潮汐情報みたいに載っているのか。もしかして、難しそうな理論がずらずらと並んでいて、眠気を誘うような分厚い本に書いてあるのか。
「違う」
「違うって、じゃあどうやって…」
まさか、分からないとか。
「そう」
この長門有希が否を即答するということは、俺が一生かかってでもいい、帰る方法を探し出せる可能性は、道端でマンモスがブレイクダンスをしているのを目撃するくらい低い。っていうか今の時代から考えれば、いやいつの時代でもそんなことは0%と言っても過言じゃないわけで、つまり気分はあと1歩で崖から転落するようなところで、強風に見舞われてる感じだ。
と絶望していたところでどうしようもないことは、最近実感してきた。よし、とりあえず片っ端から本を調べていくか。怠け癖の俺が
それっぽい本は…やっぱ奥のあの撲殺するときの凶器に使われても少しも疑念を抱かないだろう、重厚感あふれる背表紙。それがずらりと並んだ本棚に近づく。1つ手にとってみると、見た目以上に重い。ぐぬ…さっそく心が折れそうだが、負けてたまるか。
1ページ目。びっしりと並んだ文字は、俺が知っている文字ではない。
「あ、ドイツ語さね!」
後ろから覗きこんだのは鶴屋さん。気配もなく背後に忍び寄るのはやめてください。
いや、それ以前にドイツ語て、分かるわけねえ!
せっかくの意気込みが見事に粉々だ。やってくれるぜ、ドイツ人。いや、ドイツ人のせいじゃないんだが。
他の重そうな本を開いてみると、今度は英語がびっしり。その次は日本語ではあるが、素粒子だとか、伝送率だとか、なにやら全く関係なさそうな本ばかり。こりゃだめだ。
本棚を変えて、あまり難しそうではない本を探してみると、”空間論”の文字が目に付いた。これでどうだ!
…題名「めがっさ空間論」。なんだこれ。その隣は「楽しい時間講座にょろ」。もう一度言っていいよな。なんだこれ。
探索を諦めて入り口まで戻ってくると、他のメンバーが本を開いて順番にページを捲っている。…というか、小説を開いていたり、雑誌を開いていたりと、明らかに読書タイムである。
だー、もう!誰もやる気ないじゃないか!
「朝比奈さんも、何のんびりしちゃってるんですか!」
「え、あ、ご、ごめんなさい!」
のんびり紅茶片手に、こっちの長門と一緒に家庭科室へ行ったとか言っていたのはこのためか、今人気の恋愛小説を開いている朝比奈さんは慌てて本を閉じる。全く、長門も…。
「ん?長門、どこ行った」
「はい?」
「お前じゃない。もう1人の長門だ」
「ここ」
今度の声は確かに情報統合思念体の有機インターフェースの無機質な声。どこだ?
声のした方へ行ってみると、長門は椅子に座って何かを見ていた。何を見ているんだと近づいてみると、図書室の本を検索するコンピュータか。そうか、そういえば大きな図書館にはあるよな。関連単語で検索すれば、それらしい本が見つかるという具合で、こういうときにも便利だ。さすが長門。
まあこの大きさの図書室で検索用コンピュータがあることには驚きだが、この際そういうことは気にしないようにしよう。これで、ちょっとは…。
「違う」
最近長門の口癖は「違う」と「分からない」になっている気がする。
「これを使って、元の空間と連絡を取る」
「俺がハルヒと閉鎖空間に飛ばされたときとみたいにやろうってことか」
「そう」
しかし、あのときはまだ空間同士の連結がなんとかとか。
「空間同士が接触している。だから通信は可能」
そうか。なら頼む。
長門は一度こくりと頷くと、唐突に検索画面を真っ黒な画面に変化させ、何事か打ち込んだ。しばらくして、画面が変化する。
RYOKO.A>連結を確認したわ
RYOKO.A…朝倉涼子か?
「そう」
YUKI.N>こっちの時空に朝比奈みくるが転送された
RYOKO.A>知ってるわ
「なんであいつが知ってるんだ?」
長門は俺の目を、液体窒素的低温目でこちらを見ると、また頷いて文字を打ち込んだ。
YUKI.N>なぜ確認できた?
RYOKO.A>朝比奈さんがそちらに行くことで、こちらの世界を修復することができるから、転送したと鶴屋さんに説明されたわ。
その後に続いた言葉は「本人にその説明もせず、私達も事後承諾ね」。
つまり、鶴屋さんが朝比奈さんをこっちにやった、ということなのか?
RYOKO.A>そっちなら長門さん達が居るから大丈夫だろうって
いくら何でも楽観視しすぎじゃないか?朝比奈さんに何かあったらどうするんだ。
それに鶴屋さんは…、
「いいんですよ。私がこっちに来るだけで向こうの世界が元通りになったのなら構いません」
SON組のエンジェルはやはり優しかった。
…鶴屋さんはやっぱり怖かったのかもしれないな、朝比奈さんに会うのが。だから心の準備期間としてこっちに送ったとか。世界修復には実は朝比奈さんが来る必要はなくて、ただの時間稼ぎだったってことかもしれない。
本人に聞けるわけではないから真相は分からない。しかし、朝比奈さんが良いと言っているんだ。俺が出る幕じゃないよな。
YUKI.N>そちらから接触位相を算出できない?
RYOKO.A>やってみてる。でもあまり期待はできないかも
「向こう側からでも分からないのか」
「あれ、真っ黒な画面になってますね」
俺達のところへ続々とメンバーが集まり始め、みんなで画面を見つめる。
「壊れたのかな?」
「いえ、文字が書いてありますし、そういうわけでもないみたいですが…。なあ、今どうなってるんだ?」
元の世界との交信中だ。
―5分ほど経っただろうか。画面に新しい白い文字が。しかし、その名前を見て、俺は思わず声を上げちまったよ。