「だいじょうぶだとおもいますよ。なんといってもながとさんですから」
「なにはなしてるの」
突然割り込む少女の声。顔を上げると小さいハルヒがバスタオルで髪の毛をわしゃわしゃやりながら歩いてくるところだった。もちろん後ろに長門と朝比奈さんも居て、3人ともほんのり頬が桃色づいているが、いかんせん随分と俺が知っているよりも外見が退化してしまっているので、そういう趣味は無いと先に告げておこう。
「おふろあいたからさっさとはいってきなさい」
「しかし俺は着替え持って無いぞ」
「もうだついじょにタオルもきがえももうよういしてあるから」
なんでそんなものが用意されてるんだよと言いかけてそういやそうだ、俺じゃない俺がもう何人もここに来てたらそりゃ服装くらい準備されてて当然か。
とはいえ自分じゃない自分が着た物を着るとことにはなんとなく抵抗があるよな。体格はほとんど同じだろうからサイズの問題はおそらく無い。ただし別人といえば別人が着たものだ。
そろそろ行かないと徐々に鋭さを増してきたハルヒ小の雷が落ちそうなので、服のことは諦めてさっさと向かう。今からコンビニまで行って服買ってくる気にもなれないしな。外は既に明かり無しで歩くには暗すぎる。
先導する古泉についていくと1階の保健室があった辺りが何故か完全な風呂場に変わっていて、その大きさも左右の部屋をぶち抜いたくらいの大きさだったから思ったよりものんびりと風呂に入ることが出来た。お陰で出たときに「どれだけ時間経ってると思ってんのよ!」とハルヒに怒鳴られたのは言うまでも無い。
時間が時間である為、夕飯は軽く作ってもらった。どうやらこちらでも料理は朝比奈さんの仕事らしい。もちろんおいしく頂きましたとさ。
12時になるかならないかの瀬戸際になる頃。
「さてねるわよ」
俺にこたつ机をどかせて、自分は後ろの、俺たちが雑貨棚を置いてある辺りに積み上げられている布団を敷いてすぐに寝息を立ててしまった。早すぎだろ、いくらなんでも。狸寝入りでもしてるんじゃないかってくらいに早い。
「いつもこのくらいですよ」
「そりゃすげえな」
俺が知ってるハルヒはいくらなんでもそこまで早く寝る特技は持っていなかったように思うね。こっちのハルヒが特殊なのか、まだ子供だから睡眠欲に抗えないのか。
ところで俺はどうすればいいんだろう。布団、あるのか?
「ありますが、ぼくたちはとなりのへやです。ここはじょせいようですから」
なるほど。道理で布団が3つしかないわけだ。
それならさっさとここを出るとしよう。長居するとハルヒが再び起き出して「なんでまだ居るの」とちくちくつま先に針を刺すようなことを言うだろうし、どうせこの時間からやることなんて無い。どうやらコンピ研から貰ったノートパソコンとか、同部から強奪してきたデスクトップパソコンも無いようだ。コンピ研もこっちの世界に居ないだろうから当たり前だし、インターネットに繋げることが出来るのかも怪しい。向こうのハルヒが来てたら「なんで無いのよ!」とか怒りそうだが。
山の中を歩き回ったせいで結構疲れてるしさっさと寝よう、なんてこと言っている傍から大あくび。こりゃいかん。
「ではいきましょう」
扉を開けた古泉と部屋を出ようとしたところで、
「あ、あのっ」
ずっと無口だった朝比奈さん小が引き止めるように声を掛ける。
「なんでしょう?」
「えっと、あの……」
もじもじとしながら、上目遣いと俯きを繰り返してしばらく、
「おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
そのときの笑顔は初めて友達ができたときに母親へ話しかけるときのように、華やいだ笑顔だった。
「ほら、おきなさい!」
「ん……んん?」
起きろと言われても、何か謎の重しが体の上にあるお陰で起き上がることができない。布団ではなく毛布を腹にかぶせているだけのはずだ。なのにやけに重い。
「もうあさの8じなんだから、だらだらねてないでおきなさい」
耳元ではないのだが、やけに近いところで何やら騒がしい声が聞こえる。声は随分聞き覚えのある声だとは思うのだが、まだ夢の残滓に浸かっているお陰で誰の声だか分からない。
うっすらと目を開けようとしても瞼が重い。もうあと5分くらい経てばどうにか起きられそうなんだが、
「お、き、な、さ、い!」
「いたたたた」
頬を引っ張られて、痛みに目を覚ます。容赦なく頬を引っ張っていたのは、なんのことはない、ハルヒ小だった。
「めがさめた?」
「……ああ、お陰で十分にな」
「そ。ならはやくへやにきなさい。ごはんもうじゅんびできてるんだから」
ぴょんと俺の上から飛び降りて部屋を出て行く。
やっぱり夢じゃなかったんだなあ、これ。隣よりももっと広く畳が敷かれている部屋を見渡す。古泉小も既に起きているようだな。この部屋には見当たらない。居なくても何の不思議もないんだけどな。こっちの古泉も普通人じゃないようだから。
大きく伸びをして肩を回す。これが後3日ほど続くのか。世界のほとんどが灰色になって誰も居ないところへ取り残されるよりかは幾分か心に余裕があるものの、見知った顔が幼い姿で居るというのはやっぱり落ち着かない。
遠くからハルヒの声が再び聞こえる。また急かしているんだろう。朝くらいはもうちょっとのんびりさせて欲しかったが、まあここに来ちまった他の俺も同じような苦労をしていたに違いない。そう思ったらなんとか俺もやれそうな気がしてきた。