座った長門の背中を押してやりながら尋ねる。
「どうだ?」
「強度に問題は無い。あなたが全体重を掛けても破損の危険は無い。ただし紐が2本あるために私の手では少々掴みづらい」
「いや、そういうことじゃなくてな」
「?」
 こいつに「楽しいか」なんて聞くのが間違ってる気がする。こういうのは基本素直に何でも答えてくれる朝比奈さんに聞くべきだろう。居ないけど。
 何にしても耐久度は問題無さそうだから、利用していて今日明日に壊れることはほとんど無いはずだ。よっぽど運が悪ければそりゃ切れたりするだろうが、長門が大丈夫っていうんだから、そんなことが起こるというのはよっぽどのことがないとありえないと思っていいはずだな。
「あ、もうおわりました?」
 楽しんでいるのか分からない無表情娘の背中を幾度も押してやっていると、朝比奈さんが校舎の陰からひょっこり顔を覗かせた。ええ、もう終わりましたよ。今長門に試してもらってたところです。
「ええっと、じゃああたしもためしてみていいですか?」
「長門が良ければ」
「いい」
 ひょいと長門が下りて、置いてあった本を開く。その代わりに朝比奈さんがブランコに座った。同様に背中を押してあげると、さっきとは対照的に「わあ、たのしいですぅ」とこれでもかというくらいの笑顔で揺られていた。
 これがいたく朝比奈さんは気に入ったらしく、俺が押さなくなっても自分で足をぶらぶらさせてブランコを楽しんでいた。良かった。これくらい楽しんでもらえれば本望だな。
 何気なく上を見ると部室からハルヒがこっちをじっと見ているのに気づいた。向こうもこちらに気づいたらしく、目が合うとすぐに視線を逸らして部屋の中に戻った。機嫌悪そうだな、あいつ。
 その夜に俺は眠れず体を起こした。喉が渇いたな。
 部屋を出て階下に下りる。飲み物はハルヒたちが居る部屋にあるのは確かなんだが、勝手に入るわけにもいかないからな。もし入ったらこの学校を追い出されることはほぼ間違いないだろうし、それはまだ2日ほどここに留まらなきゃいけない俺としては非常に困る。
 というわけで自動販売機で飲み物を購入することにする。かなりお金使ってるよな、こっち来てから。残りの日数でお金持つかが不安だな。明日夜中に飲み物が欲しくなったときのためにこっちの部屋にも飲み物を置いておくようにしよう。
 しかしこんなときにペットボトルの緑茶を買ったのは間違いだった。眠気が飛んじまった。このまま部屋に戻っても眠れそうに無いな。
「外でも散歩してくるか」
 誰に言うともなしに呟く。
 出てみると相変わらずの蒸し暑さ。半袖でもうっすら汗をかくくらいの熱帯夜だ。もちろん部屋にクーラーなんてものはないし、扇風機すらも置いていない。喉の渇き以外にもそれが目覚めた一因であることに疑いの余地は無い。
 それでも外の方が風が吹いていて、ほんの少し快適と言える。まあ吹いてくるのはほとんど熱風な訳だが、それでも空気の流れが無い方が暑いのは確かだしな。
 ゆっくり風に当たる場所が欲しいな、と考えて今日作ったブランコを思い出す。子供用ではあるが、まあ俺が座っても座れないことは無いだろう。強度は長門の折り紙つきだしな。
 中庭方面へ歩いていったときに、月明かりに照らされてブランコのところに何かが居るのが見えた。木々に周りを囲まれた学校だから、まさか何か見慣れない生き物が突然出来たものに興味を示して?
 おそるおそる近づくとそれは人型をしていて、ブランコに乗ってゆらゆらとしていた。さらに近づくとようやく乗っている人間の姿が見えてきて、
「……ハルヒ?」
「うわぁっ」
 俺の声に思わずひっくり返りそうになったのはハルヒだった。
「な、なによ。こんなじかんになにしてんのよ」
「寝付けなくなったからちょっと夜の散歩だな。そういうお前はどうなんだ?」
「お、おなじよ」
「そうか」
「そうよ!」
 月明かりに照らされながらじっと見つめあう俺とハルヒ。互いの視線次第ではもうちょっとロマンチックになったんだろうが、残念ながらそういう流れではない。
「ハルヒ」
「なによ」
 後数歩近づいたら噛み付くんじゃないかというくらいにじっと俺を睨む。その割に手を離さないところを見ると、どうやらこいつもこいつで気に入ってくれたらしい。
「背中押してやろうか」
「……」
「漕ぐのもいいが、押された方がもっと加速もついて楽しいと思うぞ」
「おしたいならおしなさいよ」
 自分から押して欲しいとは言わないようだ。それの方がらしくていいかもしれん。素直に「押して」と言われるよりは安心するな、俺も。
「もっとつよく!」
「おう」
 揺らしてやる度に笑顔になっていったってのはおそらく自分で気づいてはいないんだろうな、ハルヒのやつ。ま、楽しんでるならそれでいい。
 気が済むまでやっていたら、帰り際に喉を潤そうと傾けたペットボトルのお茶は完全に温くなっていた。