しかし、どのドアなのか分からないな。長門、今回も何か分からないか?
「非常脱出用のボタンが出来たということ以外ない」
てことは、また人海戦術しか方法はないか。
「その前にもっとよく考えた方がいいかもしれませんね。うーんと、ボタン、ボタン…」
朝比奈さんが小首を傾げながら悩み始める。ボタンの大きさも形状も分からないし、これがもしも蛍光灯のスイッチと同じような形状をしていたら全く気づかないかもしれないですよね。
「でも、蛍光灯のボタンって黒板の傍にあったはずですから間違えないんじゃないでしょうか」
「確かにそうかもしれないな。しかし、職員室とか特別教室とかになるとそうとは限らない気もするぞ」
「校長室も扉のすぐ傍に電気のスイッチがあるさ」
うーむ、どんどん混乱してくるな。
「あ、でも、少なくともこれは言えるんじゃないでしょうか?」
なんですか?朝比奈さん。
「さっきの話、キョン君の話と涼宮さんが考えた脱出方法とを合わせて考えると、きっと扉が開かない場所だと思うんです」
確かに、俺は「閉じ込められた」という言葉の意味を「閉鎖空間」の意味で言ったんだが、あいつはそのまま「冷凍庫」の意味で捉えているようだった。そうすると、どこかの部屋に扉が開かない場所があると考えていいかもしれない。朝比奈さん、さすがです!
「じゃあ、とりあえず片っ端から扉を開けてみて、開かない部屋が見つかったら連絡しよう」
と、偉そうに言ったはいいが連絡手段がないぞ。長門から渡されたあのトランシーバーも電池が切れてる。まあ個数も明らかに足りないわけなんだが。
とりあえず、この電池切れたやつ返しておくな。
「電源が切れたわけではない。効果範囲を出ただけ」
「効果範囲?」
「そう。これは使用できる空間が決まっている。効果範囲を逸脱した空間に来たため。転送直後は完全に空間が閉鎖していなかった。だからしばらく使用できた」
ちょっと待ってくれ。さっぱりわからんぞ。空間同士は接触しているんじゃないのか?
「している」
なのにこいつは使えなくて、インターネットは使えるっておかしくないか?
「ない。インターネットという情報網は常に他の空間と接続されている。しかし、普段は情報統合思念体によってその情報伝達が制限され、他の空間と情報交換することは不可能」
だから今回は情報統合思念体が許可したから元の世界と接続できるってことか、という俺の問いに有機アンドロイドはこくりと頷く。
「この機械の場合は、起動に情報統合思念体の力が必要。しかし、ここは情報統合思念体の力が直接的には届かない。だからこの機械は使用できない」
ああ、なんとなく理解した。小さいトランシーバーを長門に確かに返す。
連絡手段は思いつかないから、2時間後にここに一度集合しましょう。皆頷いて、それぞれ行動を開始。
大体2時間後。図書館に戻ってきたメンバーの顔色は良くない。
「どうでした?」
「こっちはダメです…」
「俺の方も駄目だ」
「右に同じさね」
長門二人も同様に首を横に振る。俺も駄目だった。
「おかしいですね、何か間違っていたんでしょうか…」
未来人の朝比奈さんもさすがにこれは見通せないらしい。まあ、未来を見通すための道具なんかも渡されてなさそうだし、朝比奈さんが占いをやったとしても「あ、きっとお二人は末長く仲良く付き合っていけます」とか破局寸前のカップルに言ってしまいそうだもんな。
しかし、何が間違っているんだろうか、さっぱり分からん。
パソコンの前の椅子に座ったとき、パソコンの画面が変化した。
ITSUKI.K>まだ残って居るでしょうか?
古泉か。
『いろいろ探してみたが、さっぱり見つからない』
ITSUKI.K>涼宮さんはもうお帰りになりましたが、帰る前にあなたへ1つ言い残していました
『なんて言った?』
ITSUKI.K>早くこの教室に帰ってくるように、と
この教室…元1年9組の教室か!
「ちょっと待ってください。私が1年9組の教室は見ましたが、ちゃんと扉開きましたよ」
こっちの長門が言う。じゃあ違うのか…。
ITSUKI.K>とりあえず、こちらから出せるヒントはこれが全てです。ぜひとも、みなさんがまた戻ってくることを心待ちにしていますよ
他人事のように言いやがって。…いや、他人事か。
とりあえず、1年9組の教室をもう一度調べてみましょう。何か分かるかもしれません。
1年9組の教室の扉を開ける。確かに、鍵が掛かっている様子もないな。
「はい、確かに確認しましたから」
教室に最後尾で入った、情報統合思念体の配下じゃない方の長門が言う。と、その長門が扉を閉めると「ガチャン」という大きな音が。
「何っ?!」
みんなが驚いて扉の方を振り返る。校長の鶴屋さんが引き戸を開けようとしても全く開かない。「だめさ、全く動かない!」
「ちょっと貸してください」
鶴屋さんに代わって、教師の俺が扉をスライドさせようとしたが、びくともしないようで、しばらくして首を横に振る。
「だめだ、閉じ込められたらしい」
なんてこった。なんでこんな扉が…。
「ちょっと待ってくれ。その扉の近くにボタンがないか?」
「ボタン…?こいつか!」
扉のすぐ傍の壁に、これは随分と大きいな、赤いボタン。教師の方の俺が押す。
「……駄目だ、開きゃしねえ」
相変わらず扉はうんともすんとも言ってくれない。しかし、そのボタンに間違いないはずだよな。
「待って」
長門の声。
「涼宮ハルヒはあなたの回帰を望んでいる。だから、あなたがそのボタンを押さなくてはならない」
俺…が?長門は俺に言っていた。こっちの世界の、ではなく正真正銘、この俺に。
「そう」
赤い大きなボタンに近づく。ゆっくりそれに触れると、引き戸でガチャンと大きな音。横にゆっくりと動かすと、引き戸は俺の力であっけなく開き、その先は真っ白な光の奔流だった。
ここに入れば戻れる。「分かるんだからしょうがありません」。古泉の言葉を借りるのは非常に不本意だが、今回だけはそういう状況を理解できた。
扉を背にして立つと、その両脇に朝比奈さんと長門が立った。そして目の前には、こちらの長門、俺、鶴屋さん。
俺達が帰ったら、また3人に戻ってしまうんですよね。
「そう…ですね。あ、でも保健の先生が戻ってくるはずですから、4人ですよ」
寂しそうに笑うこちらの世界の長門。その頭を撫でるこっちの俺。
そういや、一度もその保健の先生とやらに会うことはなかったのが少々残念ですね。俺は努めて明るくそう言った。
「はっはっは。ま、元の世界に居るのが一番なのさっ。短い間でも、みんなと一緒に居れて楽しかったよ!」
俺もです。
「私も、もっとこっちに居たかったですけど…お別れですね」
朝比奈さんは涙をこらえている。
長門が一礼して、それは深々とした一礼で俺は初めて見たかもしれない、先に扉の中へ。朝比奈さんは、
「皆さん、お元気で!」
最後に元気良くそう言って光に駆け込んだ。最後には、俺とこっちの世界の住民だけが残った。
「…俺もそろそろ行きます。短い間でしたが」
入学式や終業式、卒業式なんかで眠くなるようなありがたすぎる話をしてくれるお偉いさんには一度もしたことないような深い礼。
「ありがとうございました」
顔を上げると、俺も泣きそうになって、扉の方を向いた。
どこまでも光。片足を踏み出そうとして、
「ああ、キョン君」
あなたもそう呼ぶんですか、こっちの、はもう付けなくていいかもしれないな、鶴屋さん。
「まだまだ若いんだし、青春はこれからさ!がんばりなよ!」
…ありがとうございます。
一歩光の中に踏み出すと、見えない床がちゃんと繋がっているらしく、突然転落するなんてことはなくて安心した。もう一方の足を光の中に踏み入れた直後、
「あれ、有希、鶴屋さん、キョン!どこに居るの?」
「あ、先生!」
その声は聞きなれた、あの厄介ごとに巻き込んでくれる張本人の声で、思わず「何?!」と振り返ったが、扉がまた大きな音を立てて閉まった。
そして、こういうときはこう言ってほしいよな、上へ参りまーす。超高速のエレベーターのように、浮き上がるような感覚を感じてから、もう何度体験したか、意識がぷつんと途切れた。