しばらくして。いや、気絶していたから正確な時間は分からないが、俺がしばらく経った気がしているだけかもしれないが。
目を開けるとまた教室で寝ていた、ということはなかった。代わりに、俺は教室の扉を前にして立っていた。立ったまま寝てしまって、やっぱり今までのは夢であったのかと思ったが、置きぬけとは違って思考はハッキリしている。
「やあ、お帰りなさい」
背後から掛けられた声に振り返ると、ここしばらく見ていなかったキザ顔が相変わらずの腹立たしいくらいに似合ったナイススマイルで、俺を迎えた。ああ、やっと元の世界の、元のSON組の組室へ戻ってきたんだという実感。あまり嬉しい実感の仕方じゃないが。
「遅かったですね。あなたが最後ですよ」
こいつもそういやここ最近見てなかったな、実希。本から視線を上げて言う。
っつーか、お前、俺に何かあったときは助けに来るとか言ってなかったか?
「女性にはいろいろと都合があるんです」
なんじゃそりゃ。というかTFEIにもとりあえず生物学的分類があるのか。
「とりあえずは。ああ、それに今回の事件は、命に関わるものではありませんでしたから」
そこまで言うと、また本に視線を戻す。眼鏡の奥の眼はさも「もう話は済んだわ」とでも言うかのようで、やっぱりこいつは役に立ってくれそうに無いなと思ったね。
そんな実希から視線をはずし、それぞれの席に座っている残りのメンバーを見る。
向こうの世界でも一緒に居た長門、朝比奈さん。
こっちで向こうのに居る間、連絡を取ってくれた朝倉や、最終的には役に立ったヒントを寄越した古泉。特に何もせず、また本の虫に戻った実希。
そして、今回の事件の張本人、鶴屋さんと今日もハルヒ以外全員が揃っていた。
最近こういうときのハルヒの出席率がものすごく悪い。実は、ハルヒは全て分かってて避けているんじゃないかと思うね。それか、ハルヒの神的能力が、こういうときに教室に来てはいけないと本能的に察知しているとか。
どちらにせよ、この状況はあいつに見せられない、話す事が出来ない状況であるのは確かだよ。ハルヒが一度でも耳にしちまったら、地球の物理法則だのなんだのがいっぺんに崩壊するかもしれないんだ。そんな危険は無い方が平穏に近い場所で過ごせるに決まってる。
鶴屋さんは少し居心地が悪そうで、いつもの笑顔も少々作り笑いの気が見え隠れしている。そりゃそうだ、いろいろあった上に、今は長門達の采配に身の振りが全て預けられているのだ。滑り止めなしで志望校のみの受験結果を見に来た学生よりも心中は不安が渦巻いているんじゃないかと思う。
「さて、ここで長門さんから1つ話があるそうですよ」
古泉の言葉に長門が椅子から立ち上がった。シンと静まり返る教室。
…。
……。
………。
言わないのかよ!
内心ツッコミを入れた直後、実は脳で考えていることを読み取られたんじゃないかと一瞬あせったが、長門が口を開いた。
「鶴屋さんの処遇を決める」
ぴくんと反応したのは、もちろん議題の中心人物。
「それぞれの意見を聞きたい」
互いに顔を見合わせたが、まず最初に切り出した本人、長門が口を開く。
ある意味裁判みたいなもんだ。被告人、鶴屋さんは今回の事件で有罪か。
「今回の私の立場は、涼宮ハルヒの致命的危機が訪れた場合のみ、力を行使するというもの。今回の事件で、涼宮ハルヒ性格改変に依る、生命の危機に陥る現象が観測できなかった。そのため、このことについて何も言及することは無い」
一人目、無罪。
「まあ、情報統合思念体がいいっていうんだから、今回はちゃんと従うわ」
二人目、無罪。
「右に同じです」
三人目、無罪。
「僕の上司はいろいろ言及したい人が居るらしいですが…基本は涼宮さんの意向の通りに」
四人目、棄権。
残すのは俺と朝比奈さんだけだ。
「…あなたは?」
「俺は…鶴屋さんがそんな悪い人には見えません。いろいろ大変なことにはなりましたが、向こうの人間とは結構楽しくやれましたし、そういう意味では逆に感謝したいくらいです。これからあまり無茶しないように気をつけてもらえれば、俺からは何も言いません」
これで五人目も無罪である。あとは朝比奈さん。
この裁判は多数決ではない。朝比奈さんの発言によって全てが決まると言っても過言じゃないだろう。朝比奈さんが有罪と言えば有罪、無罪と言えば無罪で、俺達の意見はいわば前座のようなものである。
強制的に退出させられる、という意味ではなくて、きっと鶴屋さん自身が自分で出て行くしかないだろうという意味で、朝比奈さんの言葉が全てになるだろうと、おそらくここに居る誰もが思っているはずだ。
誰もが黙り込み、時計が時を刻む音がやけに耳障りだ。永遠とも思えた時間が過ぎて、ゆっくりと朝比奈さんが喋りだす。
「私は未来人ですから、いつかは元の次元に戻らなくてはいけません。だから、誰とも仲良くなってはいけなかったんです」
目を閉じて続ける。
「だから、近すぎる場所に人を招いてはいけなかったんです。辛いだけだから」
何かを思い出しているような、そんな表情で発する言葉を、みんな黙って聞いていた。
「でも、鶴屋さんはそれでも私に優しくしてくれました。その優しさが誰かに命令されたからでも構いません。私は鶴屋さんとお友達であると思っています」
やっと目を開いて、鶴屋さんに笑いかける。
「それに、私は鶴屋さんを責める事は出来ません。私だって、未来人であることを隠していたんですから」
「…許してくれるのかい?」
「許す、許さないじゃないです。最初から、怒るようなことではなかったんですから」
「み、くる…!」
ひしと泣きながら抱き合った二人。俺はその姿をずっと直視できずに、早々に部屋から出ると、他のメンバーも空気を察したんだろう、二人を残して退出した。これでいいんだよな。
と、外で全員が待っていたところに、退散効果が切れたか、超顧問様が登場した。いや、登場してしまった!
「何してんのよ、みんなで」
ジト目のツリ目で全員を見るハルヒは、元気よくガラガラと引き戸を開け、朝比奈さんを視認すると、
「さあ、みくるちゃん!新しい服装よ!」
高らかにそう宣言する。おま…、
「あら、鶴屋さんも居るのね。あたしが着ようかと思ってたけど、いつも自分で着るのも飽きたわ。これは鶴屋さんに決定ね!」
「あ、え?」
「SON組の顧問は組員と同様の服装に着替える必要があるわよ!」
トンデモ理論を並べ立て、勢いよくまた引き戸を閉めたハルヒによって、今回は朝比奈さんのみじゃなく、鶴屋さんまで剥かれているのかと思うと、合掌する以外に俺には何も出来ない。まあ、じめじめした気分を吹き飛ばす、なんていう意味ではよくやってくれたかもな、ハルヒは。
窓の外を見上げると、向こうのように白い冷たいものは降る様子もなく、どこまでも真っ青な絵の具を塗りたくったキャンバスのような空。
これからも、何も変わらない生活には当分出会えそうにはないな。やれやれ。
そう言いながらもきっと、俺の顔は笑顔だったんじゃないかと思う。