「でね、きのうもぜんぜんかえってこなかったの!」
 放課後、今日は誰一人欠けることなく、律儀にそれぞれの椅子に座っている、いつもの教室。
「いつもはキョンの部屋にいるシャミが、家中探しても見つからない。これは事件ね!」
「やっぱり、じけんなんだ!」
「しかし、早計はいけません。じっくりと考えてみましょう」
「シャミって、あの映画のときに腹話術してたネコかい?あのネコ、キョン君の家で飼ってたんだね!」
 割合他のメンバーは本格的なシャミ探しに乗り気のようで、俺の今の気分とは雲泥の差だな。
 ああ、そりゃ暗くもなるさ。
 シャミが行方不明になって今日で3日目になる。正直ふらりと居なくなって、ふらりと戻ってくるなんてのネコではよくあることだろう。そのまま完全に野良になるようなこともありうる訳だ。
 うちに来るまでは野良だったわけだし、もしかすると野生の勘だか何だかで、元居た場所に戻りたいとか、そういう気分になったのかもしれないだろうと、俺は思っていた。まあ、うちにSON組メンバーで、シャミがうちに居ることを知っているヤツが来た場合、「シャミはどうしたの?」と聞かれることがあるだろうが。
 もちろん、シャミが居なくなることが寂しくないと言えば嘘になろう。なんといっても俺の部屋によく居たわけだし、愛着が沸いてないなどと言うつもりは毛頭ない。
 しかし、ヤツが野生に戻りたいと思うなら、それはそれで仕方がないことだろうとも同時に思っている。子猫の頃からずっと可愛がって居るならまだしも、野良から突然家にやってきたわけだ、外界への憧れはきっと残していたに違いない。
 そう考えれば、無理に連れ帰ってくることが良いとは一概に言えはしないだろうことは言わずもがなであろう。まあ暖かい場所を求めたり、腹が減ってきて、やっぱり俺の部屋がいいと思えばまた帰ってくるさ。そう思っていた節も無いわけではなかった。
 いやそれより何より、ある人物の耳にこんな話を入れてしまえば、たちまちあの「嵐の無人島」で使っていた、あの「名探偵」という率直かつ明快すぎる3文字の腕章がまた輝き始めてしまうに違いない。いや、それ以上にその人物の目が爛々と輝き、嫌ーなことを引き寄せてくる、それだけは避けたい。
 ――のだったが。
「ほら、キョン。何ぼさーっとしてるのよ!」
 呆れているんだ。
 先ほどまでに述べた諸々の条件から叩きだされた結論は”放っておこう”。ケセラセラ、なるようになるさ。
 しかし、うちの妹はハルヒ並の行動力を持っているのは今までの話を見てきたならご存知だろう。その行動力が今回は裏目、凶どころか大凶で出やがったよ。
 放課後になり、すぐにSON組本拠地に向かって歩き出していた。この、放課後のチャイムと共に鞄を持ってハルヒ以下一同が集まる教室へ向かう、このパブロフの犬ちっくな足をどうにかしたいところだが、まあ無理だな。そんなことをしたらハルヒに死刑宣告されること間違いなしだ。
 いやいや、それだけに留まらず、数ヶ月間に渡る昼食おごりなど、あいつの無理難題を押し付けられて、死刑宣告される前にこっちから首吊り用のロープでも正気のまま探さなきゃいけなくなりそうだ。まだご先祖様と対面するには早過ぎる。
 まあそれはいいとして、教室へ入って、二人仲良く彫像となっている本の虫を確認し、古泉が誘ってきたボードゲームにハルヒと共に興じ、珍しく朝比奈さんの代わりに朝倉が淹れてくれたお茶を啜りながら、朝比奈さんは鶴屋さんとトランプをやっていた、まったりとした時間を過ごしていた。
 ボードゲームにキリがつき、一度トイレに立った俺は、ついでに飲み物でもと思い、購買まで足を伸ばしてしまった。今考えると、これがいけなかった。
 買ったペットボトルのお茶を飲み飲み、そのまま一度昇降口まで散歩をして、さて帰るかというときに、
「あ、キョンくん!」
 という、聞き慣れていると言うか、毎日いつも聞いている声を聞いてしまった。ああ、朝に聞いたばかりだと言うのにな。
「おい、なんで来たんだ!」
「だってー、シャミがいないんだもん。それでね、シャミをさがしながらうろうろしてたら、キョンくんのがっこうまで来ちゃったの」
 だからって学校の中まで入ってきちゃいけません。
「キョンくんが見えたから!」
 そんなものは理由にはなりません。さあ、とりあえずさっさと帰りなさい。
 背中を押して、ここから出そうとするときに現れたのは、
「あ、ゆきちゃん!」
 長門か。どうした?
「涼宮ハルヒがあなたを探してこいと言った」
 あいつがか。やれやれ、また何かやれと言うんじゃないだろうな。
「それより…」
 長門の目は俺から、ちんまい我が妹へ向けられる。ああ、俺を見つけて入ってきたらしくてな、すぐに追い返す。
「やーだー。かえらないのー。わたしもここにいいよね、ゆきちゃん」
 即、こくりと縦に首に。おいおい、長門。いくらなんでもまずいんじゃないか。
「大丈夫。ばれない」
 長門がそういうことを言うと、非常に安心する一方でとてつもなく不安になるのは何故だろうな。
 と、ぐずぐずしているうちに見つかっちまったよ、一番見つかりたくない生徒。ある意味教師以上にな。
「キョン、遅いわよ。有希に頼んだのに、なかなか帰ってこないんだから。後1回…ってあれ?妹ちゃん?」
 俺は長門にした説明をもう一度してやった。
「追い返すって、あんたひどいわね。教室まで連れていってあげるわ。お茶とかお菓子くらいなら出るわよ」
「わーい!」
 おいハルヒ、ちょっと待て。もし、教師に見つかったらどうするんだ。
「社会勉強のために来たって言い訳しておけばいいじゃない。それに、勝手に部室に入る教師なんか居ないわよ」
 まあ確かに、ハルヒに関わっている生徒は、長門や古泉のように何か理由があって残っているやつか、俺みたいに巻き込まれて引くに引けなくなった身のどちらかであろう。逆に言えば、それ以外はなるべくお近づきになりたくないヤツな訳だ。
 さすがに、好きで悩みの種を増やすような愚鈍な教師ならびに生徒はそうそう居ないだろうし、その結果あの教室に近づくようなヤツは非常に限られるわけである。その理論からすれば確かに教師があの教室まで乗り込んでくる確率は、新しい転校生が突然学校にやってきて、「実は私、地底人なんです」と暴露し、めでたくSON組メンバーに組員登録されるくらいの確率だろう。
 …これは確率低いというのか高いと言うのか。言ってて俺も分からん。よし、各自の判断に任せる。
 まあそういう状況になっちまって、教室に入るや否や、我が妹をSON組のメンツがアイドルにサインをねだるように囲い、その輪から少し外れるようにして、俺は冷え切ってしまったお茶を喉に一気に流し込んだ。
 ここまでで終わっていれば、今までとちょっと違う日常で済んだはずだった。
 しかし、ここでこいつは喋っちまった。それも一番言っちゃいけない、いつでも事件を求める名探偵、いや迷探偵、涼宮ハルヒの前で。
「シャミがゆくえふめいになっちゃったの」
 さて、俺が何故メランコリーを抱えて、自分の席の上で新たに入れてもらった温かい緑茶を啜り、膝の上に妹を乗せているか。諸君は理解していただけただろうか。というか、膝の上に座るな。
「えー」
「何言ってるのよ、キョン。組員分しかここには椅子ないんだからね。キョンの妹ちゃんなんだから、キョンがどうにかしてあげるべきでしょ」
 追い返すと言ったのに、連れてこいと言ったのはお前だろうが。
「にしてもシャミセンがね…、これは事件のにおいがぷんぷんするわ!」
 ああ、同感だ。お前が何か引き起こして、それに巻き込まれる、そんな事件のにおいがぷんぷんしやがるぜ。
「よし、キョンの家に今からみんなで行くわよ!」
「待て、何を言っ、」
「みんなでおうちであそぼー!」
 もう勝手にしてくれ。