庭に出てみると、昨日の雨でぬかるんだ地面を指差して、ハルヒが何やら叫んでいる。
「ほら、これよ!」
 くっきりと浮き出た、男性用靴の跡。塀の真下には綺麗に揃って両足の跡があり、それから家の方へ続いている。これは…もしかして、もしかするのか?
「間違いないわ、盗んだ犯人の足跡よ!」
 ふふんと鼻を鳴らし、推理の続きを嬉しそうに語り始めるハルヒ。
「きっと塀を乗り越えてここに着地したのね。だから両足が揃って綺麗に跡が付いてるんだわ」
 足跡は途中で途切れていて、そこからは確かにどうにかがんばれば、2階まで上れなくはない構造をしていた。まさか、ここから上ったというのか。
「そのまさかよ。そしてシャミを盗んでまた帰ったのよ」
 行きと同じ足形がまた塀の方へ続いていて、確かにハルヒの推理は説得力がある。しかし、なんだろうな。何か違和感。
 言うなればそうだ、完全に自分の周りを壁で囲い、よし回りから絶対に攻められないぞと息巻くのはいいが、自分も外に出られなくなってしまった戦国武将というか。
「ってことは男よね、きっと」
 しかし、警察でもない俺達が「うちの猫が誘拐されたかもしれないんです。足形取らせてください」などと一軒一軒回るわけにもいかないだろう。いや、警察でもさすがにしないか。
 そんな中、「はわー!」と素っ頓狂な声を上げたのは我が妹であった。
「キョンくん、キョンくん。おかしいよ」
 何がだ。
「シャミがいなくなったのはもっとまえだよね?」
 ああ、分かってるさ。
「でも、そこの足あとはできたのは今日じゃないのかなぁ」
「確かにそうですね。今日であるかは別として、少なくとも雨が止んでからであることは間違いないでしょう。ここ1週間で雨がふったのは昨日だけ。となると、この足跡は昨日より前に付いたものではない可能性が高いでしょう」
 古泉の言葉に、うんうんと頷いて続ける。
「それにくつがどろだらけだから、どこかにどろがつくはずだよ!」
 そうだな、ぬかるみに足を突っ込んだんだ、靴は泥だらけのはず。
 しかし、家の壁、塀の上、どこを見ても泥がついた様子はない。いくら気をつけるとはいえ、全くどこにも泥をつけずに上がるのは至難の技だ。
「た、確かにそうね。そうよ、妹ちゃん。私はみんながちゃんと正解が分かるか試すために、わざと間違ったことを言ったのよ」
 嘘つけ。
「あ、でもそうすると…この足跡はいつ付いたんでしょう…」
「きっとはんにんがそーさをかくらんするために、わざとつけたんだよ!」
 捜査を撹乱とはお前、随分と難しい言葉を知っているな。まあテレビドラマの推理モノを見ててそんな言葉が出てきたのを覚えていた、とかだろうと思うが。お陰で誰が犯人どころか、どうやって連れ去ったかすら分からなくなった。
 しかし、これで1つ分かったことがある。長門が言ってたように、マジでシャミが誘拐というか、盗まれたということだ。ぶっちゃけ、ありえない!
「とりあえず、周辺住民から怪しい人が居なかったか、聞き込みよ。名探偵も証拠を足で見つけるものよ!」
 またまたハルヒを先頭に、ぞろぞろとアリの行列のように進んでいく一団から離れて、妹が何やらアゴに手を当てて思考中。ハルヒと同じスタイルだ。なんだ、まだ何か考えてるのか?
「あ、キョンくん。えっとね、キョンくんだったら、どんなくつのあとをつける?」
 何言ってるんだ?
「だからー、キョンくんだったら、わるいことしたときにどういうくつのあとをつけたらばれないと思う?」
 うーむ、そうだな。とりあえず、自分の靴じゃないのを持ってくるな。
「うんうん。それでね、もしこの足あとが女の人のくつだったら犯人は女の人だと思うよね」
 ああ、そりゃそうだ。女の靴を履いた男なんて…。
「…もしかして、俺達が勘違いするように男の靴を履いてきたとか」
「なんとなく、そう思ったの」
 なんだか回りくどい言い方に血のつながりを感じつつ、我が妹の推理に納得する。それはありうるな。
 と、そんな推理を聞いている間にハルヒ達は既に聞き込みを始めていたらしく、俺達が到着したときは丁度バーさんに話し掛けていたところだ。
「この辺りで奇妙な動きとか、怪しい挙動をしていた男性を見ませんでした?」
「怪しい動きねぇ…。なんだか挙動不審な女性なら一度見たがね、男性は見てないねぇ」
「そうですか、ありがとうございました」
 ハルヒが一礼すると、卒業式みたいに皆つられるように礼。終わったらさっさとハルヒたちは次の証言者を求めて歩き出してしまったが、俺はさっきの話が気になって、帰ろうとしていたバーさんを引き止める。ああ、すみません。
「なんじゃ?」
「その女性ってどんな感じでした?」
「なんじゃ、そのおなごに興味があるのか?」
 違う意味で取られているようだが、この際は無視だ。
「そうじゃな、大学生くらいのおなごで、何やらきょろきょろしておったよ」
 そりゃ確かに怪しい。
「わしはこの辺りをよく散歩しているんじゃが、5日前くらいからかねぇ、何度かあの家の辺りで立ち止まっては行ったり来たりして、私が初めてじいさんの部屋へ行ったときみたいに、そわそわしておったよ」
 ほっほっほと笑うバーさん。
 「あの家」と指されたのは紛れもなくうちの家だった。限りなくレッドゾーンだな、そいつは。
「そうですか、ありがとうございます」
「して、おぬしらは何をしとるんじゃ」
「えーとですね、なんだ、えー、自分の町を守ろうという活動というのか、まあ授業の一環らしいんですが、そんなことでグループになって見回りをしてるんですよ」
 適当にごまかしておく。
「そうかいそうかい。まあ、そんな大学生のおなごをおっかけるより、今の班のおなごにも随分かわええ子が多いもんじゃ、そういう子を嫁さんにした方が良かろう」
 嫁とは飛びすぎだ、バーさん。
「ま、せいぜい青春するがよいさ。ほんじゃな」
 終始笑顔で去って行ったバーさんに一礼して、すぐ傍で待っていた長門と妹に合流。なんだ、二人は先に行ってなかったのか。
「どうだったの?」
「ああ、挙動不審な大学生の女なら居たらしい」
「…あそこ」
 長門が突然指差したのはハルヒ達が行った方向とは逆。そこには確かに、さっきバーさんが言ってた明らかに挙動不審な女が。あいつか!