ある土曜日。そろそろ春眠暁を覚えずと言った感じで惰眠を貪っていると、布団の上から誰かに叩かれる。その誰かなどというのはすぐに分かる。
「だから、兄を叩いたり、飛び乗ったり、布団から引きずり出してはいけませんと何度分かるんだ」
 週休二日制になってから公立学校は全面的に休みになったはず。今日だけ学校があるということは聞いた覚えがないぞ。
「キョンくんにでんわだよ、ゆきちゃんから!」
 長門から電話?はて、何の用だろうか。またハルヒ関係じゃないだろうな。できれば丁重に丁重を重ねてお断り申し上げ、このまま惰眠に戻りたいところだが。
 まだ覚めきらぬ状態で、保留ボタンを押して受話器を持ち上げ、耳に押し当てる。起き抜けの耳には受話器はひんやりと冷たい。どうしたんだ、こんな朝っぱらから。
「うちに来て」
 それだけ言ってガチャンと切れた。
 言葉を理解するのに、時計の秒針が1周する時間を要し、理解してから、なんだって突然長門に呼び出されたのかということに考えが及ぶ。今日はSON組の会議だったの日だったとか言うんだろうか。ハルヒがブチ切れ寸前だったため慌てて電話を掛け、また暴走を止めに行くためにすぐに切ったと。
 いや、それはないか。だったら教室に来いと言うはずだ。いちいち長門の家まで行ってたら、とてもじゃないがハルヒの堪忍袋の緒が無事じゃない。
 それとも長門の部屋に今日は集まるということになっていたとか。なのに俺が来ないことに腹を立てて、長門に電話させたとか。
 これもないな。というか、ハルヒが俺を呼ぶのならいちいち長門を通さず、俺の携帯電話を鳴らし、「あと30秒来ないと死刑!」とか言うに違いない。この前、休日に寝過ごして一度あったからな。結局、教室に着いたら「罰金!」と宣言され、ジュースを人数分買いに行かされた。思い出したくもないことだ。
 じゃあ理由はなんだろうか。長門が何もないのに呼びつけたとは考えにくい。ハルヒ無しの長門の呼び出しで一番古いのといえば、あの長門が「宇宙人製アンドロイドなんです」発言だし、それからの呼び出しも大体何か厄介事に巻き込まれている。
 結論:厄介事が待っている。
 間違いないだろう。せっかく久しぶりにハルヒから今日だけ開放されたというのに、たまには安息の時間を俺に貰ったところでバチは当たらないよな?
 ここは一つ、無視の方向で。

 といかないのが俺なんだなとつくづく思う。
 結局、そのまま着替えて自転車にまたがって長門の家へ。危険値カンスト、真っ赤な警告の文字が脳内全面を埋め尽くしているわけだが、いつもは長門に助けてもらってばかりだからな、やっぱり無視は出来んな。
 長門の部屋のチャイムを鳴らすと、ドアの前で待っていたんだろうか、音がしてから1秒としないうちに音を立ててドアが開き、どうにかドアとの衝突を避けた俺をシロップなしのかき氷の目で俺を見つめてから、「入って」と一言だけ言った。あ、ああ、おじゃまします。
 最近長門の部屋へよく入るが、生活感まるでなしのこたつ専用部屋とも呼んでいいんじゃないかと思うくらい、相変わらず質素極まりなかった。長門が自分用の座布団に座り、向かいを指して「座って」と言うから、とりあえず座らせてもらうか。
 すると、長門は既に用意していた急須で2つの湯飲みにお茶を淹れ、俺に差し出した。なんだろうな、デジャヴを感じるんだが。
 1杯目を飲みほすと、やはりすぐに2杯目が出てきたので、ここでもう聞いてみる。
「長門、用とはなんだ?」
「…………」
 三点リーダを無駄遣いするのは寡黙少女の特権なんだろうか。
 じっと黙ったままなので、結局2杯目を飲み、湯飲みを置いた直後に3杯目。喋らないのに、手はよく動くんだな。
「……これ」
 3杯目をちびちびと飲み、半分くらい胃に流した頃にやっと口を開いた。と、同時に伸びてきた手には何やら紙が握られていた。
「えー、なんだ。”キョンを1日自由にしていい券”って…なんだこれ」
 白い紙に黒いペンで、それも長門の機械的字ではなく、最近はもう見慣れたハルヒの字で確かにそう書いてあった。それも日付を書き込むような場所があって、それは明日の日付が書き込まれている。
「羽子板大会の賞品」
 羽子板大会?
 …ああ!ハルヒが新年早々企画して、優勝者が長門だったあれのことか。そういえば、あのときにハルヒがそんな景品を用意していたような気がしてきた。
 ん?ってことは、
「明日、あなたはなんでも私の言うことを聞く必要がある」
 どこまで行っても熱源に辿りつけそうにない瞳のままそう言った。明日、か。
「都合が悪いなら諦める」
「何でも言うことを聞く必要があるんじゃなかったのか?」
「これを渡すのは今日。だからまだあなたは私の言うことに従う必要はない」
 日付ももう書き込んでしまっているし、明日しか使えないわけか。
「そう」
 こちらを凝視する長門。
「そんな顔するな。それをお前が貰ったときに、ちゃんと1日空けると約束したからな。明日は長門のわがままに付き合うさ」
「…そう」
 む?よく考えると、これはデートになるんだろうか。
 …まあ、長門と二人でデートと言えるかというと、天気予報で晴れマークしかないのに、降水確率50%と表示されていて、布団を干そうか干すまいか、というくらい悩むところだが。
 場所は図書館辺りだろう。まあ、何でも構わんさ。