なにやら長門の中では今日行くルートが決まっているようだ。こういうときは長門に任せる方がいいだろう。次はどこへ行くんだ?
「こっち」
予想的中。やっぱり今日のために既に行動表が頭の中にあるらしい。まあ、長門から誘ってきたというわけだし、当たり前といえば当たり前かもしれないな。
歩き出した長門についていくと、そこは駅前にある映画館だった。いよいよデートっぽくなってきたのは何故だろうか。
まあ、それはいい。もう見るものは決まっているのか?
「これ」
さっきから代名詞しか使用していない長門が、上映プログラムの中から指差したものを見ると、あと10分少々で上映が始まるもので、最近ミリオンセラーになったという本が元になっている「割と中心で愛が叫ぶ」とかいうラブコメであった。
確かに、まだこの映画は一度も見たことがなかったし、話題になるような映画でもあるんだから、一度くらいは見ておくのも悪くないかなと思ってはいたが、
「……」
この無表情な宇宙人製アンドロイドと見るのはどうだろう。まあ、見ることには反対じゃない。しかし、雰囲気というか、ムードというか、そういうものが全くない気がするぜ。じっと石像のように画面を見つめ、眉一つ動かさず、にやりともほろりともしないで映画を見る長門が目に浮かぶようだ。
かといって他にやっているものいえば、子供向けのアニメ映画くらいらしく、高校生の男女がいい年して見るものではないよな。
そういやまず、長門が見るものってなんだろうか。「今日は買っておいた株が上がった」とか経済情報を見ながら呟く長門が想像できないし、かといってバラエティ番組を見ながら腹を抱えている長門も想像できない。
いや、待てよ。こいつの家にテレビなるものは置いてなかった気がしてならない。ってことはまず、何も見てないんだろうな。もっぱら情報源はあの紙面に詰め込んで書かれた黒い文字で、いつもあれとにらめっこしているんじゃないか。
実希と二人であの部屋で無言のまま本を読む二人。人間、と言ったら語弊があるかも知れないな、が二人も居ても静か過ぎて、息遣いさえ耳を澄まさなければ聞こえない、そんな閑散とした部屋。想像するだけで、ある種の恐怖さえ感じるな。
まあ、そんなことはいい。入るとしようか。
チケット売り場の女性から大人2枚のチケットを買って映画館の中へ入る。中は真ん中から後部にかけての席が少々傾斜になっていて、収容人数は2階にあるもう1つのシアターと合わせると500人以上に上るくらいの大きさだった。
その割に、既に公開を始めてしばらく時間が経っていたからだろうか、客の入りはまばらで、半分どころか4分の1くらいしか埋まっていなかった。お陰で映画を好きな席で見られ、俺達は真ん中の前から4列目、スクリーンから近すぎず遠すぎず、一番いい具合に映画を見ることができる場所に陣取ることができた。
席を決めると長門は「待ってて」と言い残し、席を立った。ブザーがなり、予告編が流れ始めた頃に長門は戻ってきて、その手には袋。何を買ってきたのかと尋ねる前に、その中からポップコーン2つと、ジュースのカップを2つ取り出した。ああ、これを買いに行っていたのか。
「そう」
1セットこちらに寄越して、自分の分のポップコーンを食べ始めた。ありがとな、長門。自分の分を食べ始めると、すぐに本編が流れ始める。
内容はありがちなラブストーリーで、ラストシーンは主人公の愛が、好きな男子を放課後の誰も居なくなった教室に呼び出し、自分はグラウンドでそれを待つ。やってきた男子にグラウンドを見るように指示が書いてあり、グラウンドの中心で待っていた愛が、教室の窓を開けてグラウンドの方を向いた男子へ告白をするという感じ。愛役が最近随分テレビに出てくる新人女優を使っているらしく、その演技力に前評判が高かったが、そこまで言うほどじゃないものの、まあそれなりに楽しめる話だったと思う。
さて、それを見ていた長門だが、有機生命体の恋物語は思念体のインターフェースには非常に興味深い話だったのだろうかね、ほとんど微動だにせずスクリーンに釘付けだった。たまに動いたと思えば、それはポップコーンを掴んで口に放り込んで咀嚼するという一連の動作くらいで、他の動作といえばジュースを飲むというパターンが追加されるかされないかだけというくらい、長門は映画に集中している様子だった。
ちょっと長めの3時間ほどで映画は終了し、シアター内の照明が点いた。大きく伸びをして、あくびをする。どうも長い間、椅子に座っていると眠くなるのは学校だけじゃないらしく、一番のクライマックス手前辺りでは少々夢の中だった。
「長門、おもしろかったか?」
「ユーモラス」
あの話のどこにユーモアが入っていたのかよく分からないが、やはり長門なりに楽しんだらしい。
椅子から立ち上がって、さてと、次はどこへ行こうかと思っていると、長門は食べたポップコーンの容器を落として前の席まで転がっていった。追いかけていって、それを拾ってくる。大丈夫か?
「大丈夫」
映画館を出、ゴミはちゃんとゴミ箱にな、外に出てくると、もう一度商店街を二人で歩く。洋服店が並んでいる商店街を1つ1つ回っていく内に、長門がガラスを見て「あ」と小さく声をあげた。何かいいものあったのか?
「違う」
じゃあどうしたんだ?
「イヤリング」
そう言って触った耳の側、午前中に買ったあのイヤリングがない。どこかで落ちたらしいな。
「いつ無くなったか分かるか?」
「分からない」
覚えているのは、ポップコーンとジュースを買ってきたときには確かに付いていたはず。長門がジュースとポップコーンを買って帰ってきたとき、暗い中で銀色に反射した三日月が揺れていたからな。無くなったなら、その後だろう。
まだ回った洋服店も1店だけだし、まだ見つかる可能性が高い。探しに行くか。