「夢ではない」
 元1年9組の教室、現SON組の根城で、日当たりの良い場所を取って読書中だった長門は顔を上げて俺にそう言った。
 俺と長門以外は各々の用事で一足先に帰宅した。ハルヒも居ないし、いつもならさっさと帰るところだが、あんなことがあって戻ってきた翌日にはさすがにさっさと帰るわけにもいかない。
 これが本当にただの俺の夢であって長門に何をこいつは言っているんだというような目で見られたらある意味では安心したのだろうが、残念なことに俺のその願いは聞き届けられずに終わった。
「ってことは、やっぱりあれも別世界ってことなのか?」
「そう」
 もうそろそろ別の世界とか、そういうSFチックなネタは仕舞ってもらいたい。そして一生取り出さないで欲しい。
 目が覚めた後、そのまま起きていようかと思ったのだが、さすがにあんな妙な時間に起きてしまっては体よりも瞼がもたなかったのでつい寝てしまったのだが、再び目が覚めてもカレンダーは1月が1番表にあった。やっぱりあれは夢だったのかと普通は誰しもが思う。
 妹があんな奇妙な病気と呼ぶのも抵抗がある状況に陥ったなんて事実もなく、もちろん学校に隕石が落ちたとかいうニュースもやってなかった。そしていつも通り嫌がらせとしか思えないような坂を上り、退屈な授業を受け、部活動と呼んでいいのか分からないような集団行動をする。俺がフリーになるように果敢に警官を引きつけていた谷口と国木田もいつも通りの人間に逆戻りしている。
 当たり前の日常が戻っていた。
 今までのことは全て夢だったんだ。何にも無かったことなんだ。そうに決まってる。そう信じたい。
 だが冒頭の長門のセリフから分かるように実のところはそうでなかったそうだ。
 とはいえこれまたどうやら面倒な状況に陥っていたらしい。長門の説明をかいつまんで説明するとこうなる。
 今まで別の世界へ行った場合、いわゆるパラレルワールドの1つに紛れ込んだという形になっていることが多かった。まあもちろんこれには例外もあるんだが、概ねこの形であることが多かった。
 しかしながら今回は存在するこの世界っつー本体から切り離された、トカゲの尻尾みたいなものだったそうだ。
 何故こんなことが起こったのかは情報統合思念体でも今のところは良く分かっていないらしい。だがこの事件の中心に居たのは間違いなく涼宮ハルヒだったとは言っている。
「おそらく涼宮ハルヒが私たちSON組全員が持つ情報を凝固させて作った世界。だから私たちがこの世界で認識していない空間への侵入を起こすと情報のオーバーフローを起こし、隔離空間へと除去されたと考えていい」
 ハルヒの意識のみで作られた世界であれば、うちの両親の部屋なんかも情報が無いはずだから、とうの昔に俺も異次元に飛ばされていたはず。しかしそれがないということはおそらく俺たちSON組8人の記憶が混ぜ合わさって出来た世界だったからだろうということだ。あっちの世界へこちらの世界から飛ばされたのも俺たち8人だけだそうだから、おそらく本当にそうなんだろうな。
 というわけで閉鎖空間に似たような世界ではあったが、ほとんどこっちの世界を丸々コピーした劣化版みたいなところだったということだ。古泉があの赤球で元の世界(といっても本当の元の世界では無いから、コピー世界とでもいうべきだろうか)へ戻ることができたのもその為だろう、ということだった。
 向こうの世界が崩壊したときに、俺たちが向こうの世界へ行ったときと同じ時間まで戻されたらしい。ってことは朝の3時頃に俺たちは向こうへ飛ばされたって考えていいんだな。
 ようやく戻ってこれたことで朝比奈さんは大泣きしていたそうだ。想像が簡単につくな。あの人は涙腺が弱いし、それはそれで朝比奈さんの特徴だから責めるもんでも無い。
「そういえば長門。あの3つの文字送ってくれたのって長門なんだよな?」
「?」
「随分物騒な言葉ばかりだったが、元凶だの破壊だの、もう1つなんだっけ?」
「未知」
「そう、それだ。その3つのお陰でどうにか戻ってこれた。ありがとな」
「構わない。こちらの不手際で宇宙生命体を束縛した後に隔離空間へ飛ばされてしまった。本来は私の役目」
 それでも長門がああやって情報を送ってくれたからこうやってみんな助かったんだ。長門に感謝して間違いであるわけがない。
 だができればもうちょっと文章的な情報を送ってもらいたい。さすがに単語だけでは考えられる文章とか意味が多すぎて分かりづらかったからな。
「善処する」
「その前にそんな善処をする必要がずっと無い世界であってくれた方が早いんだけども」
 いつも頭の中が愉快なことで溢れていないと気が済まない涼宮ハルヒがそんなに安定と平穏だけを生み出すような日常を過ごさせてくれるとは到底思えない。これからもまた長門のお世話になるんだろうなあ。
「?」
「いや、何でもない」
 最後までハルヒがこんな世界を作った理由と、なんであの隕石がお湯掛けて3分なんて奇妙な方法を取ることで破壊できたのかといった理由は全く分からなかったが、それでもまあ元の世界へ戻ってこれたからいいとすべきか。説明されても分かる気がしないし。
 外はどこまでも澄み渡った青空で鬱蒼とした気分もわずかながら晴れてきた。これに免じて今日のところは許してやろう。