映画館を出ると、そろそろ太陽が夕陽に変わり、山陰に隠れようとしている。そんな頃、俺達は近くの公園へやってきた。もちろん、これも長門の構想したルートの内であるらしい。
 冬の夕暮れ、さすがに子供達は家に帰ってしまったようで、人影はほとんどない。いや、もしかすると見えないところに居るかもしれないが
ね。そこはまあ、考えないことにしよう。
 さて、長門。ここに来たはいいが、どうするんだ?
「………」
 沈黙の後。公園のベンチに二人で座る。
 今日の長門は何かとおかしかった。この明らかなデートコースをなぞった日程。何か事件が起こらないと、てこでも持ってこないと動かないような長門が、アクティブに俺の手を引き、先導し、昼食なんか食事が終わった後にふらりといなくなったと思ったら、両手にアイスを持って現れたり。
「なあ、長門。今日はどうしたんだ?」
 誰でも感じるだろう違和感の理由、本人に聞いてみる。朝倉の独断専行みたいに、長門のエラーなのかもしれんし、聞いておくべきだろう。
「どうもしない。人間の言葉で言う、デートというものを試験的に行なってみただけ」
 なんだか実験体のような言い方をされると、なんだか悲しいが。でも、そうか、確かにな。
 今までの変な行動は、人間の行動を行なってみようという新しい試みで、長門なりの人間理解への一歩だったわけか。宇宙を統括する、情報統合思念体のインターフェースの一人である長門。その長門がこういう試みをすることで、他のインターフェースにこの体験を新しい情報として蓄積するなら、この一歩が、宇宙的、時空的、生物的な大きな一歩になるかもしれないわけだし、そういう意味では実験体であった俺も喜ぶべきなのかもしれないな。
 しかし、ここまでの俺の行動が情報として記録されるとなると、ちゃんとした行動が取れたかと思うと、少し悩むな。
 まあでも、大きなエラーとかではなくて安心した。いざというときに守ってくれる長門が、逆にナイフ構えて襲ってきたらもうどうしようもないからな。
「最後に1つ、やらなくてはいけないことがある」
 ああ、なんでも言ってくれ。命に関わるようなことじゃなければいいぜ。
 すっと音も無く立ち、俺の前に立った長門。回りに人は居なく、俺を監視していた面々も飽きたのか疲れたのか、少なくとも見える範囲でどこかに隠れている様子はない。だから、この言葉を聞かれていなくて良かった。
「キスというものをしてみたい」
 ああ、キスね。そうだよな、この状態ですることは、
「キ、キスだと?!」
 思わず声が裏返ったぜ。そりゃ誰でも驚くだろうさ、こんなこと。しかし、長門は至ってマジな様子。いや、なんていうかだな。
「そういうものは、もっと進展した関係でするものであってだな、軽々しくするようなものではないんだ」
 立ち上がって長門の両肩に手を置き、俺は熱弁を振るった。長門が想像しているキスというものは、アメリカンな挨拶のごく自然なものじゃないだろうか。言語の概念は長門達にとっては大したものではないとか言っていた気がするし、外国人の人間型インターフェースと情報交換をして、「キスナンテ、アイサツナンデスヨ」とか吹き込まれたに違いない。
 日本でキスというものは、そういう挨拶的信号的なものではなく、もっと大きな意味を持っていてだな、
「……」
 いや、俺だって黙って本を窓辺で読んでいれば絵になるような、そして美少女コンテストで上位にランキングされそうな、そういや谷口的美的ランキングでA-だとか言っていたような気もするし、まあそんな美少女とキスをすることは嬉しいことには間違いない。
 しかし、この実験だからみたいな理由で長門とキスすることは許されていいんだろうか。長門はいいのか?
「私は構わない」
 1秒即答。ちょっとはためらえよ。
 こうなると、もう俺の決断にかかっているということで、さっきから何やら期待に満ちた目に見えなくも無いような、いや自意識過剰だよなきっと、と自分を納得させたくなるような目をずっとこちらに向け続けている長門の前で、立ったままでいるか、それとも座るかどうしようかという葛藤の末、やっぱり座るのは良くないよなと自分を勝手に納得させ、立ったままであるのはいいが、結局何も進展してないよなと無駄な葛藤を我ながらしたもんだと後悔する。
「デートというものでは、最後に公園でキスをすると調べた」
 そんな情報を載せていた雑誌かインターネットか、その記事を書いた人物が特定できたら、その人物に学校の前で2週間一人挨拶運動の刑に処したい。
 今はそんなことより今の状況をどうにかすることを考えよう。相変わらず長門は石像のように固まったまま動かない。これは、覚悟を決めてもう行くしかないか。ええい、ままよ!
 顔を少しずつ近づけ、もう数センチで…、
「待ちなさーい!」
 うおっ!
 叫び声の主は、我が高校では誰でも名前を知っているだろう、涼宮ハルヒその人である。あいつ、諦めたわけじゃなかったのか。
 肩で息をしながら俺達の間に入ると、
「わ、私を撒いたと思ったら大間違いなんだから」
 ビシッ、と人差し指を俺に向けて突き出す。普通に二人で歩いてただけなんだけどな。
「はい、もう終わりよ終わり。1日は日没と共に終わりなんだから。断食だって日が落ちるまで飲食禁止なだけでしょ」
 断食とは違、
「うるさいわね、顧問命令よ。こんな夜遅く、いい年の男女が二人で公園なんかに居るなんて、どんな間違いがあるか分かったもんじゃないわ。さあ、有希。帰るわよ」
 ずるずると引きずられていく長門。なんだか、助かったような、残念だったような、もやもやとした気分と共に、その場に残された俺は1つため息をついて帰途についた。