何かがおかしいと気づいたのは、目が覚めたのが10時だったことよりも、未だ外が吹雪いていたということよりも、たたき起こされなかったことである。
 ここ数日は、鍵を掛けているはずなのにいつの間にか部屋の中へ侵入していたハルヒに布団をひっぺがされるか、はたまた家さながらの我が妹によるフライングボディプレスを受けるかで目を覚ましていた。少なくともここ最近、目覚めが良かったことは無かったと言って良い。
 それが今日は自然と目が覚めるまで寝ていた。それが不自然と言わずになんと言おう。
「……どうなってんだ?」
「分かりません」
 どうやら古泉も同じように今まで寝ていたらしい。首をかしげてベッドに腰掛けている。
「でも涼宮さんに何かあったと考えるべきではないかと」
「だな」
 早々に着替えてハルヒが居るはずの部屋の扉をノックして呼びかけてみる。確かこっちはハルヒと朝倉と実希だったっけ。「おーい、ハルヒ、居るか」
 すぐに扉は開いた。中から出てきたのは長門の白皙な顔だった。あれ、こっちに長門が居たのか。じゃあこっちじゃなかったかもしれんな。
 でもまあハルヒの所在くらいなら女子同士で連絡を取り合ってるかもしれないし。
「長門、ハルヒはどうした?」
 無言のまま、扉を開いた。中に入れということか。こういうときには無言を酷使する長門は分かりづらい。入って後からなんだかんだと言われてはたまらない。多分そんなことを言うのはハルヒくらいだろうけどさ。
 入り口から部屋の中が見れればいいのだが、部屋の造りからして部屋の中は覗きこめないようになっている。もし朝比奈さんが着替えてたりしたらまずい。
「長門さん、誰が……ああ、あなたたちだったの」
 部屋の影からひょっこり顔だけ出したのは朝倉だった。
「いつもだとハルヒが乗り込んでくる時間なんだが来ないからちょっと気になってな」
「ああ……なるほど、そういえばもうそんな時間ね」
 初めてできた友達の家へ来たときに、約束の時間よりもちょっと早く来すぎてチャイムを鳴らそうか鳴らさないでおこうか迷っているような表情の朝倉。何か問題でもあったんだろうか。
「どうぞ、入って」
 こちらへは来ずに朝倉はそうだけ言ってまた引っ込んだ。その行動に俺と古泉は顔を見合わせて肩を竦める。よく分からんが入ってみればきっと分かるんだろう。
 中に入るとハルヒはベッドの上で横になっていた。まだ寝てたのかというのが第1印象で、その直後に別の印象で上書きされた。
 頬に朱が入っており、息が普段よりも荒い。ただ寝ているにしては状況がおかしい。
「風邪か」
「多分そうですね……。さっき鶴屋さんに体温計を借りて体温測ってみたんですけど……」
 最悪の状況を想定しているみたいな顔の朝比奈さんから教えてもらった温度は確実に風邪をこじらせていると確認できるものだった。ついでにそこでようやくこっちの部屋に女子が全員集合していたのに気づいた。
 熱なんて一瞬で出るものではなく、少なくとも数時間は掛けて徐々に上がってくるものだから、今思うと昨日遊びの誘いが無かったときには既に熱が出てたからだったのかもしれん。風呂上りだったから頬が赤くなってたのは自分の体のせいなのか、風呂のせいなのか分からなかったが、どっちもだったのかもな。
「ねー、ハルちゃん大丈夫なの?」
「大丈夫さ。さっきお薬も飲んだしねっ。まだ眠ってるから安静にしておけばすぐに良くなるよっ」
 いつもは遊びの相手をしてくれるハルヒが寝込んでいるため、暇なのと不安なのが混ぜ合わさったような表情の我が妹の頭を優しく撫で付ける鶴屋さん。
 しかし困ったな。風邪菌のほうが裸足で逃げていきそうなハルヒが、こんなところで風邪を引くとは。それも今日は帰る日だというのに。
「それのことなんだけどね」
 待ってましたとばかりに鶴屋さんが切り出した。
「キョン君は明日、何か用事はあるかい?」
「特には……」
「古泉君はどうだい?」
「僕も特には」
「2人が良ければもう1日ここに泊まっていかないかなっ?」
 ハルヒの現状を見ていると、帰るバスに乗せるだけでも一苦労だし、乗ったところで長時間バスに揺られていては容態が悪化するのは医師免許なんか持っていなくても分かる。
 それならばもう1日くらいはここで休ませてもらって、明日帰った方が少しくらいはハルヒだって回復しているだろうからその方が良いのは間違いない。
 けれども残念ながらあの優待券の有効期限は3泊4日であって、もう1泊するには丸々宿泊代を出さなければならない。懐が痛い云々は仕方が無いとしても、現状手持ちが1泊の宿泊代に足りない。さすがにもう1泊するための代金までは持ってきていない。そもそも延長ができるとも思えなかったし。
 俺の言葉を聞いてからにこにこ顔の鶴屋さんは、
「いいのさ、お金の方はこっちから掛け合うから気にしなくても。ハルにゃんが起きたときにあたしだけだったりすると、ほら、やっぱ寂しいと思うしねっ」
「しかしさすがに、」
「細かいこと気にしちゃ駄目さっ。キョン君たちが答えなきゃいけないのは日程だけだよっ」
 子供を叱るような目で、それでも声は優しい鶴屋さん。
「……分かりました。大丈夫です」
 ここまで言われてさらに反論するなんてのはあまりに不毛すぎる。ここは素直に引き下がっておこう。