ただでさえおもしろくもない数学の授業だ、おもしろくなるようになるわけもなく、きっと学校教育のやり方が悪いんだと一人ごち、教卓で延々と怪音波を出している教師の授業を聞くのを諦めて、窓の外に視線を投げた。
 三寒四温。3月までは寒い日が続き、4月から暖かくなっていく、なんてことではない。3日寒い日が続けば4日暖かい日が来て、その内暖かい日ばかりが来るようになる、という表現だ。その三寒四温の寒の日に当たるらしい今日は、ちらちらと白いものがちらつき始めている。
「キョン、キョン」
 教師の目を盗んで、いやこいつの場合は盗まなくても、教師達が自主的にあいつから視線をはずし、見て見ぬふりするだろうから大丈夫だと思うが、あいつなりに気にしているんだろうか、シャーペンで背中をつついてきた。なんだ、ハルヒ。
「今日は積もるかしら」
「さあな。積もりそうにも無いけどな」
「あーあ、また雪合戦したいのに。大体ここはダメなのよね、ほとんど雪積もらないし」
「一度雪合戦できるくらいには降っただろ」
「あれくらいじゃ満足しないわ。冬といったら雪、雪といったら雪合戦。それに前はかまくらも雪だるまも作って無いし。一戸建ての家くらいの雪だるまが作れるような雪が降らないかしら」
 そんなに降ったら、学校来るのも大変だろうな。
「どうにか積もらせる方法ないかしら。ねえ、キョン。いい案ない?」
 物理法則を勝手に捻じ曲げるのはお前だけでいい、という言葉を飲み込み、
「分からん」
「はあ、やっぱりあんたじゃだめか。所詮凡人だものね」
 悪かったな。確かに凡人だよ。
「あーあ、雪が融けなかったらいいのに」
 ちらりと後ろを見ると、ため息と共にハルヒはそう言って、俺と同じように窓の外の白い粒を見つめるハルヒ。融けない雪ね、そんなのあったら世界はどうなるんだろうな。
 その質問はすぐに回答を得ることとなる。実体験という形で。

 次の日。
「キョンくん、キョンくん!」
 だから、布団の上からバシバシと叩くんじゃなくて、もっと爽やかな起こし方をと何度も、
「雪!雪が積もってるよ!」
 カーテンを思いっきり開ける。快晴のときみたいに眩しくはないが、起き抜けの目には少々痛い。分かったからはしゃぐんじゃありません。雪くらいは冬なんだから降るさ。
 目を擦りながら冷え切った部屋で体を起こし、横でぴょんこぴょんこ跳ねる妹の隣で窓の外を見ると、確かに一面雪景色。まだ雪は粉雪のまま降り続いていて、良かったじゃないか、ハルヒ。ちゃんと積もったぜ。
 それも前より遙かに積もっていて、このまま雪が降り続ければ、ハルヒが期待していた雪だるまも作れるんじゃないかね。さすがに無理か。
 着替えてリビングへ。テレビを点ける。
「―――この雪で、電車や飛行機は全面欠航になっています。チケットの払い戻しをする乗客で―――」
 前回の雪よりも遙かに多く、大雪と言っていいだろう状況だし、さすがに大混乱しているらしいな、公共交通機関も。高校入試とか大学入試がある時期だが、そういうので公共交通機関が使えなくなった場合どうするんだろうな。入試を延期する訳にもいかないだろうし、かといって遅延どころか完全に学校までいけない場合は入試も受けられないわけだし。
 まあ、それは自分が受けなきゃいけないときに悩めばいい。今日試験の人はがんばってくれ、適度に。

 これだけ雪が降っているからと言って学校が休みになるわけはなく、玄関で靴を履いている時に電話がかかってくる。その主は谷口だった。
「なんだ」
「学校、休みだとよ」
「ちょっと待て。台風でもないのになんで休みなんだ」
 今さっき独白で、これだけ雪が降っていても学校は休みにならないと言ったばかりなんだが。
「知らん。まあ外出てみれば分かるだろうが、完全に道路が雪で埋まって、車もまともに走らないような状態だからかもしれん。これは大雪じゃ済まないくらいの大雪だな」
 意味不明な谷口は意味不明なことを言い、電話を切る前にも意味不明な言いやがった。
「なあ、キョン」
「なんだ?」
「雪って融けるもんだよな?」
「当たり前だ」
 冗談は顔だけにしてくれよ。
「いや、そうだよな。俺の気のせいだ。じゃあな」
 受話器を置いて、一度外に出る。
 …これは確かにな。玄関を開けると、そこは雪国だった、と言ってもいいくらいの積雪量で、道という道は真っ白な雪で埋め尽くされ、その高さは玄関の段差を越えるくらいになっていた。一歩足をその新雪に踏み出すと、深く足形を作るくらいに雪は柔らかく、これならかまくらも雪だるまも作り放題だろうな。
 と、再び電話。
「キョンの家にお昼ご飯食べたら集合よ」
「おい、勝手に、」
 俺に拒否権なく、というかSON組総会では俺は非常任理事国にすら入ってない気がするぜ、電話は無常にも切られた。おいおい、学校が休みになるような大雪で外に出るのかよ。というか、集合ということは他のメンバーも来るんだろうか。この寒空、雪を踏み分け…。ハルヒの監視も大変だな。
 本日3度目の電話。今日は電話が多すぎだ。まあお前も雪の話なんだろ、長門?
「そう」
 お前だってそんなに雪が珍しいわけではなかろう。
「そうではない。積雪量ではなく、雪そのものが異常」
 どういうこった。
「雪が溶けない」
「待て、何を言っている。雪は融けるから雪であって、融けなければ雪じゃない」
「それは言語的な定義。でも、この雪は溶けない」
 はっはっは、谷口的冗談を長門も言うようになったか。いや、長門的冗談を谷口が言うようになったのか。まあ、どうでもいい、そんなことあるまいさ。
 …でも、あるんだな。つくづく、ハルヒの前では言葉には気をつけなきゃいけないと思うぜ。