「こんにちは。今日は随分と寒いですね」
頭に雪を積もらせて爽やかな笑顔で挨拶するな。それと、雪を払ってから入れ。
「ああ、これは失礼しました。途中で少々吹雪いたものでして」
ナイスガイスマイルを崩さず、外で頭や体についた雪を払ってまた入ってくる。古泉が6番目、つまり順番的には後ろから二番目、ブービー賞である。ちなみに、ブービーとは英語では最下位の意味らしいが、この際そんな細かいことは気にしてはいけない。
じゃあラストは誰かって?呼び出しの張本人、涼宮ハルヒである。あいつは勝手に人の家を集合に使ったくせに、何やっているんだ。
他の奴らは既に俺の部屋で待機済み。部屋に戻るとハルヒが居ないため、家捜し隊は結成されていない。心休まる状況だ。
しかし、鶴屋さんはさっきからうずうずしているようで、部屋をきょろきょろと見回している。あのハルヒから傍若無人分を取り除き、憂鬱分を笑顔に変換したのが鶴屋さんといったイメージが割と合う気がする。まあ、さすがに勝手に手を出すことはないと思うけどね。
まあ、それはいいとしてだ。
「ハルヒが来るまでに聞いておきたいことがある」
耳に入れさせたくない妹は友達の家へ遊びに行ったらしい。どいつもこいつも、アクティブ過ぎなんだよ。
「雪が融けないというのはどういうことなんだ」
長門の電話の後に自分で確かめてみた。
今降ってきている雪は確かに冷たく白く、誰がどう見たって雪にしか見えない。重なったところを踏んでみれば足あとは付くし、手の中で圧縮すれば雪玉だってできる。正真正銘の雪。
――と言いたいところなんだが。その雪におかしいところがある。長門の言うように全く融ける様子が無いのだ。手のひらを出したまましばらく待ってみると、雪が手のひらに降りてくる。普通、手の上に落ちてきたらすぐに融けるのは誰もが体験したことだろう。その儚さが雪が雪たるゆえんであるはずだ。
しかし、今回の雪は一味違う。タフだぜ。手のひらに乗った雪は融けずにどんどん積もり積もっていく。雪は俺の体温で温かくなるわけもなく、延々と冷たいまま。かまくらを作るには非常にいいかもな。中でどれだけ温かくしておいてもかまくらが溶け出すことは無いんだから。
まあ以上が自分で調べた結果である。
「雪が融けない。だからなんだ、とそう思うのは至極当然でしょうね」
最近お前は説明キャラになってきているな。
「それはあまり喜べないような気もしますが。それに、あなたが説明しろとおっしゃっているんですよ」
苦笑を浮かべる古泉。まあそれはそうだがな。というか、このメンバーに説明が上手い奴は居ないのかね。
長門は難しい言葉を並べ、ただでさえ分からない状況をもっとやっかいにしてくれる。もっと簡潔に、簡単な言葉で説明してくれないかと何度も交渉を試みているんだが、一向に改善されない。長門からしたら簡単な言葉で説明しているつもりなのかもしれないんだが、いかんせん漢字を横に並べると中国語じゃないのかと思うくらいに漢字が使われている。正直、全く分からん。
朝比奈さんは、ぜひとも説明してほしい人No.1なんだが、まず自分が状況を理解していないことが多いため、残念ながら解説役には向かないんだよな。大人な朝比奈さんになると、今度はちょっと長門が入って、難しい言葉が増えてくるのが難点だ。
朝倉はどうなんだろうな、説明という説明をまず受けたことがない。学校の授業では、同性から授業後、テスト前などに群がられながら質疑応答しているようだし、もしかすると一番分かり易い可能性がある。
鶴屋さんはどうだろう。いや、鶴屋さんはどちらかといえば「どんな状況でもいいじゃないかっ」と前向きで、今の状況を細かく考えようとしないんじゃないかね。そうすると、説明が上手い下手以前にほとんどしたことがないんじゃなかろうか。
実希は長門の妹だけあって、言葉が難しいことが多い。しかし、何よりもやつに絵で説明させてはいけない。道端に咲いている小さな花が、弦で獲物を捕らえ、生き物の生き血を吸う食虫植物に早変わりだ。
こうして、古泉が一番まともな説明ができるということで、説明キャラが板に付くわけだな。まあこいつの表現と例えは分かりづらいが。
「しかし、雪が融けないということは多大な被害を及ぼすのですよ。例えば農作物は日が照っても雪が融けずに土の上は常に雪が覆う、つまり永久凍土と同じ状態になってしまいます」
地球の特に北側の国に特有の永久凍土。それが日本でも起こりうるのか。
「融けない雪の問題はそれだけではありません。積もり続ける雪は交通網を完全にストップさせますし、家は雪かきを頻繁にしないと雪の重みですぐに潰れてしまいます」
「何よりも雪が融けなかったら、雪道を歩いた後は服を乾かすんじゃなくて洗濯機に入れて洗わなきゃいけないんですよね。雪が服に付いたまま取れなくなっちゃいますし…」
朝比奈さんが言う。確かに、スキーなんかでは「あー、寒かった」とヒーターの前で服を乾かしながら温まるなんてことがある。しかし、雪が暖かくなって融けなければ、ヒーターに当てる意味が無い訳で、旅館やホテルの乾燥室がほとんど不必要になるな。
それに雪が融けなければゲレンデはアイスバーンにならずに済むが、代わりにあまり滑らない。新雪しかないところじゃスキーだろうとスノーボードだろうと、ほとんど滑らない。
「他にも探せばいろいろあるでしょうが、簡単に言えば今の雪は冷たい塵と言っていいでしょう。融解という状態変化を起こさない雪は、思った以上にやっかいなのですよ」
積もるだけ積もって、融けない雪か。毎年毎年雪が降れば、町が雪に埋もれてしまうわけか。その内雪を掘っていくと数年前の雪とかが出てきて、「この雪はワシが子供のときに降った雪なんじゃよ」とかジーさんになった俺が子供に見せてるとか。…いや、最後のはなかったことにしよう。
「地球規模での変化も起こる」
外をちらちらと降る雪のように冷たい目で長門有希が呟く。
「生態系を壊す」
生態系?なんでだ。
「水は循環する。山岳地帯に降雨し、それが川となって海へ流入する。海面から水が蒸発して雲になり、また山岳地帯へ降雨する」
それは中学校くらいで習ったことだな。
「雪が融けないことで水の循環が停止。本来水となるべき雪がそのまま雪として残る。故に水の状態で残っている絶対量が減少する。海の面積が徐々に減少し、やがては枯渇する。全てが雪の状態で停止し、生物は生命維持に必須分の水分を保てなくなる」
……どこの恐怖映画だ、それは。
「映画ではない。事実」
ここで家のチャイムが鳴る。やっとハルヒが来たか。全く、みんなを呼びつけておいてなんだ。
外に出てみると…なんじゃこりゃ!
「キョンの家に集合にしたのは失敗だったわ。キョンだけラクしてるじゃない。今度は学校に集合にするわ。まあ、それはいいとしてこれ、見てみなさいよ」
俺は誇らしげなハルヒの声を聞きながら、深いため息を吐かざるを得なかった。ああ、見てるさ。というか見ようと思わなくても見えちまうんだよ。どうするかね、これ。