鉄格子をよじ登り、さらにレンガが積まれた壁のさらに上にある、逃亡防止用の柵に手を伸ばす。見上げたときよりも実際の距離は短く、身長のお陰もあってどうにか片手でなら壁の上にある柵の根元を掴むことができた。
こういうのはたまに柵に大電流が流れるようになっていたりするから危険といえば危険だったと今更気づいたわけだが、まあ結果オーライということにしておこう。
下の方で唸っている獣から逃げるように俺は柵を慎重に上って壁の向こうへ下りる。こんなに簡単に逃げ出せるようじゃ逃亡を防げないぞとか思いながらもとりあえず一時的には助かったことに安堵する。
胡坐をかいてその場に座って周りを見る余裕ができた。
コロシアムの外には、遠くに部屋の壁があるだけで他には何も無い。ただし入ってきて左右にあった鉄格子の先には人が2、3人入れるくらいの大きさの空洞があって、そこだけ壁が大きく外側へ円形にはみ出していた。ここからモンスターが沸いてくるんだろうな。
館の扉を開けて入ってきたんだから当たり前だが、ここは1つの大きな部屋の中を改造してコロシアムを模した空間にしているらしい。ただし空は水色に、地面は緑色に塗って少しくらいは雰囲気を出そうとしているようだった。注意して見なくても偽者だということは分かるのだが、それでも敵と戦うことに夢中になっていれば外に居るような錯覚をしてしまうものだな。地面に土が敷き詰められてるのも原因だとは思うが。
とにかく炎の狼が居る円形の空間から逃げおおせても根本的な解決にはなってない。入ってきた扉の向かい側にある鉄格子を開け、その先に行かなきゃいけないのは間違い無い。
その狼だが壁を乗り越えてくるほどのジャンプ力は持っていないようで俺は胸をなでおろした。あれだけ身軽に飛び掛るんだからそれくらい出来るのかと心配していたが。さっきからギャンギャンと吼えているのが鬱陶しいことこの上ないが、現状では実害が無いことを最優先にする必要があるからもうちょっと我慢しよう。
あれを退治するためには水を掛けるのが1番だろうという持論は相変わらずなのだが、こんなところに水道管があるとは思えないよなあ。もし地下に水脈があったとしても手持ちの武器では床の土を掘り起こすことはできそうにない。土を掻き分けることくらいは素手で出来たとしても、おそらく部屋の床があるだろうからそれを壊せそうなものが無い。
ならばあいつとタイマンで戦うという選択肢しか残ってないのだが、これはこれでまた難しい話ではある。
近づくどころか数メートル離れていても汗がだらだら噴き出すくらいの熱を持っている奴を相手取って戦うには短期決戦しかない。
さらにあいつを倒す為に使える武器は今持っているこの刀だけ。いくらなんでもボウガンで相手に致命傷を与えられるとは思えないし、矢は矢尻が金属製だが他は木製で多分相手に届く前に燃え尽きるだろう。
だが武器のリーチはせいぜい1.5メートル弱といったところでかなり近づかなければ当たらない。刀が届く距離まであいつに近づいて無事なのかとか、刀が溶けたりしないかとか不安要素も大きいから馬鹿正直にタイマン張るのも避けたい。
どうしたものかね。長門と合流でもできれば壁の上で水属性の魔法を撃ってて貰えばノーダメージで倒せるはず。ハメだとか汚いとかそんなことを言っていられない状況だからこの際はそういう言葉を忘れておく。長門居ないからそもそも戦術が成り立たないんだけどさ。
後は足元の土を掛けて埋める、と考えてあまりに非現実的非効率すぎることに気づく。ショベルカー並の土塊を放り投げれればまだどうにかなるが、両手で掬うくらいの量じゃいつまで経っても相手の動きを封じることは出来ないし、その前に両手が塞がっていては壁を登れない。
「ってお手上げじゃないか」
たまにゲームでもセーブしたはいいが、どうやってもクリアできない状態ってあるよな。それと似たような状態だ。
このゲーム世界ではセーブという概念があるのかしらないが、あるとしてもこの島に来てからそれらしい行動は無いから俺が死ぬという方法でループを断ち切ることが出来るものの、こっちの世界で死んだらどうなるのかがさっぱり分からないのが不安要素だ。もしこっちで死んでも何らかの方法で生き返るなら死んでも構わない、わけではないが最悪その手段を取ることも選択肢には入れていいかもしれない。
だがこっちで死んだら現実世界に戻れないとか、向こうの俺も死ぬというようなことが絶対に無いとは言い切れない。
加えて死んだときに現実の俺が生きているかつ元の世界へ戻らない場合、死んだ俺はどこへ行くのか分からないのも問題だ。
可能性を列挙してみよう。
まずはその場に死体が残って誰かが復活の魔法を掛けてくれるのを待つという場合。このときはただの死に損になる。何も状況は変わらないからな。助けに誰かが来てくれなければ俺はいつまでもここに居なければならないし、最悪の状態だと思っていい。
次は前に元の世界へ戻った宿屋へ強制送還される場合。あの名前を書いて元の世界へ戻るノートがセーブポイントであると考えれば十分にありうる。これならばこの場から離れられるということができるというわけで、膠着状態を抜け出すことは出来る。
ただし船はこの島に着けてあるからこちらへ向かう手段が無くなり、何らかの手を打たなければ長門と朝比奈さん、そしてシャーリーの3人をこちらに残してあの島の攻略を放棄することになる。前の2人は俺と同じように死ぬことで俺と同じ場所へ戻ることができるが、シャーリーは元々こちらの世界の人間であるから、死んだらそれまでという可能性も大だ。ゲームのキャラクターとはいえ死なれると後味が悪いし、いろいろ貰ったあの手下その1、その2のオッサンたちにも顔向けが出来ない。
そして1つ前の条件と近いが、ゲーム自体がリセットされてこちらの世界に来たばかりの状態からスタートする場合。これなら今までのことが無かったことになるから、再度作戦を練り直すことが出来る。そのときに前失敗したときの記憶が残っているかどうかというのは非常に重要な点ではあるが、とにかくこれも可能性の1つに過ぎないから試してみるわけにもいかないんだよな。
というわけでいろいろ可能性を挙げてみたのだが、どれが正解か分からない状態で実験的に死んでみるわけにもいかない。
結局どうにかしてこの場を乗り切る方法を考えなきゃいけないってこった。