「アルー晴レータ日ノ事ー、魔法以上のユーカイがー」
元気に歌を歌っているのはハルヒ。ああ、ゴキゲンだね。
「ほら、キョン。さっさと来なさい!」
こっちは荷物が手一杯だからそんなに急げるかって。
今どこに居るか。それは、昨日の会議というのもおこがましい、一方的なハルヒの提案から始まった。
「明日、晴れるんだって。それもかなり暖かいらしいわよ」
インターネットで明日の天気を見ていたハルヒが唐突にそう言った。だからなんだよ。
「鈍いわね」
分かってるが、考えたくないだけだ。
「最近雪ばっかり降ってて遊びに行けなかったじゃない」
自分でやったことだけどな。
「みんなでハイキングに行くわよ」
「天気予報が外れて、雨が降ったりしたらどうするんだ」
どっかの気象予報士は「天気予報なんかはずれて当たり前なんだ!」とか言ってたくらいだ。
「晴れるわよ、絶対」
ああ、本当にこいつはすると決めたら絶対にするんだな。ついでに、天気もしっかり晴れさせてやがる。雲一つない青空で、気温も春上旬並みとか、でてくる前のテレビで言っていたっけ。
ハイキングと言っても、遠すぎるところはさすがに移動手段などを考えてもきついだろうということで、近くの山の中に程なく決定した。当日、集まってすぐにハルヒは「荷物持ちジャンケンよ。負けた人が全員の荷物を頂上まで運ぶの」なんてことを提案しやがった。
個人の荷物は1つ1つなら大した重さじゃない。朝比奈さんと朝倉は今日のために全員分の弁当を作ってきてくれて、この二人の荷物は他のメンバーより重くなっているが、他はハンドバック程度の大きさのものばかりだから軽い部類だろう。
しかし、これをメンバー全員分持つとなると話は別だ。ほぼ組員と言ってもいいくらいの参加率になりつつある、俺の妹を含めて9人である。俺と古泉以外が負けたときには、俺は自分で荷物を持っておくとしても、残りは8人分。重さより、かさばる荷物に悪戦苦闘しながら頂上まで登るのは結構な労力を要することは間違いない。
「個人で持っていけばいいだろう」
そう言った俺にハルヒは何て返したと予想するだろうか。まあ、賢明な諸君ならすぐに答えは分かるだろう。
「嫌よ、おもしろくないし」
実にハルヒらしい答えである。やれやれ、自分が負けたときのことを考えてないんだろうかね。
結局ジャンケンは決行。全員パー。俺だけグー。1発で決まっちまった。
「遅いわよ!」
「あっはっは、キョン君、がんばるっさー!」
ハルヒと鶴屋さんの二人に妹がくっついていく形になり、残りのメンバーが団子になってついていく。その少し後方に俺。
「あ、あの、手伝いましょうか?」
いえ、そこまでしてもらうほどのことじゃありませんよ。
「みくるちゃん!キョンを手伝ったら、二人で町内の朝刊にかたっぱしから逆側に折り目つけて回る刑にするわよ!」
なんて地味な刑だ。
しばらく登ったところで、先頭を歩いていたハルヒがこっちまで戻ってくる。
「そろそろ許してあげるわ」と自分の荷物を手に取ると、他のメンバーも各自で荷物を持つように指示。何を思ったのかと思えば、自分の鞄からデジタルカメラを取り出して風景を撮り始めた。カメラを取りたかっただけなのか、ただ飽きたのか。まあ、何にせよ荷物から開放されたのはありがたい。
「随分桜が咲いていますね〜」
辺りを見回すと、ほぼ満開の梅とほころびそうなつぼみをつけた桜の木がたくさん並んでいた。
「今日は暖かいですから。明日、明後日は天気がいいらしいですし、そろそろ花見もできると思いますよ」
実希が桜の枝を見ながら言う。花見か、席取りしてこいとか言うんだろうな。そんなハルヒはゴキゲンついでに歌いだした。ああ、厄介な歌だ。
「あるー日、森の中ー」
山の中だがな。
「クマさんに、出会ったー」
……。
「あっ…」
「花咲くもーりーのーみー、」
「ハルヒ、待て」
「何よ、人がせっかく楽しく歌ってたのに。何の権利があってあたしの歌を止めるわけ?」
「涼宮さん、あそこに珍しいものが居ますよ」
ああ、本当にな。動物園でしか見たことないぜ。
―――本物の熊だ。古泉が雪で作った熊と比べてもつくづくあれはリアルだったなあ、はっはっは。
アホか、そんなこと言ってる暇はない。まずいことに、目が合っちまった!
クマが現れた!どうする?
1.戦う
2.逃げる
3.死んだ振りをする
「4.で仲良くなるわよ!」
勝手に新しい選択肢を作るんじゃない!
俺は妹を抱え上げ、ハルヒの手を取って今来た道を走り出した。この感触は久しぶりだなとか考えている余裕も、もちろんない。
「おい、逃げるぞ!」
2.の選択肢を迷わず選んだ俺は、ポケットに入っていた簡易食、いわゆるカロリーなんたらとかいうやつみたいなもんだ、1つを熊の方に投げた。クマは大きな音に弱く、食料を投げれば食料に寄ってくると聞いていたからな。
猛然とダッシュして、クマが来ないだろうところまで逃げ出す。
「はぁはぁ…、ここまで来れば大丈夫だろ」
「何よ、クマくらいで驚いちゃって。そんなんじゃ、宇宙人とかに会ったときには腰抜かすわよ!」
もう会ってるからそっちの方が驚かないぜ。
「あれ、長門っちは?」
鶴屋さんの言葉にメンバーが顔を見合わせる。長門、逃げてなかったのか!
慌てて引き返すと、長門に熊が近づいているところだった。長門、逃げろ!
「必要はない」
「あ、こんにちは」
熊が日本語を喋った。それも女子高生くらいの声。な、なんだって?!
なんと、その熊は被り物で、中に入っていたのは2年生、SOS団のときに相談を持ちかけてきたあの喜緑さんだった。
聞くところによると、なんでも喜緑さんは生徒会のメンバーで、生徒会でやる劇で熊の役をする必要があったのだが、さすがに熊のきぐるみのまま学校で練習するのはうら恥ずかしく、ならばとこの山の中で練習していたという。
「本物に間違えられるくらいに上手だったということでしたらとても嬉しいです」
「全く、キョンはせっかちよね。あたしは最初からきぐるみだって気づいてたわ」
んなわけないだろうが。
「あ、そうそう。喜緑さんも一緒に昼食どう?」
「せっかくのご提案ですが、もう戻らなくてはいけないので…」
「そう、残念ね。また機会があったら」
「ええ。それでは」
一礼して去っていく喜緑さんと、頂上を目指し「さあ行くわよ」とまた元気を取り戻したハルヒと一行。その後ろで、俺は長門に話掛けていた。
「長門、本当にあれは喜緑さんの熊のきぐるみだったのか?」
いくらなんでも、きぐるみと本物の熊を間違えるわけがない。
「……」
返答がない=違うと捉えていいんだよな、この場合。あの熊はどうしたんだ?
無言で指差したところで、熊は仰向けにひっくり返っていた。時折ぴくぴくと動いているところから、死んではないらしい。それを見て、ああそういやこいつは普通の人間じゃなかったんだなと思い出した。
「私ではない」
そうとだけ言い残して、さっさとハルヒの方へ歩き出した。ちょっと待て。お前じゃなかったら一体誰が?
俺はふもとの方へ歩いていって、もう姿が見えなくなった上級生を思い出していた。…もしかしてあの人も実は見た目以上に、すごい人だったりするのか。
全く、何人居るんだろうな、こんな非常識な連中が。慣れっこのつもりだったが、まだまだらしい。俺は軽い頭痛が襲ってきた頭に手を当てながら、もう何度目になるか分からないハルヒの呼び声に向かって「はいはい」とため息交じりの返答を返した。