ある昼休み。
「おい、キョン」
 なんだ、谷口。
「俺っておかしいか?」
 何を今更。出会ってまだ1年と経たないが、間違いなく変なのは確かだぞ。
「キョンなんてふざけた仇名のお前に言われるということはよっぽどなんだな…」
 勝手にお前らが呼んでるだけで、俺はちーっとも嬉しくないし、是非とも本名で呼んでくれた方がありがたい。この期に本名で呼ぶようにしてくれ。
「したところで、お前の反応が鈍くなるだけだぞ。今までキョン、キョン呼ばれてたんだから、いきなり本名に戻したら自分が呼ばれてるってことに気づかないこと請け合いだぜ」
 む、それは確かにあるかもな。もうキョンと呼ばれる方に慣れちまった。
 …って、それじゃ一生この仇名のままじゃねえか。葬式のときまで「キョン」とか書かれたらたまったもんじゃないぜ。
「で、お前はそんなどうでもいいことのためだけに話掛けてきたのか」
「まあ、ちょい聞けよ。限りなく真面目にな」
「何、おもしろそうだね」
 国木田もやってきた。
 谷口はあまり他人に聞かれたくない話らしく、俺達を外階段の踊り場の最上階辺りまで連れてきて、やっと言葉を切り出した。
「最近変なんだよな。何故か周りがモノクロに見えたり、プールで河童みたいなのを見たり、ねずみ大の人間を見た気がするんだ」
「ああ、河童の話は僕も友達から聞いたことがあるな。近くの室内プールでしょ?」
「うむ。口止めされていたのはいたんだが、どうもな」
 待て待て待て待て。思わずこの二人の会話を止めたくなった。分かるよな、この全て知っているけど喋れないというもどかしさというか。いや、別に喋りたいわけじゃないし、どっちかといえば忘れておきたかったことなんだが、呼び起こされるとプラスチックのケース内に入れられているから安全と分かっているんだが、外からハブに睨まれて立ちすくんだカエルの気分と言ったら近いだろうか、元凶はハルヒにあるとはいえ、居心地が非常に悪い。
 待てよ。河童の話はいいとして、あの無色世界とミニ人間をなんで知っているんだ。実は鶴屋さんの機械で、周りの人にも影響が出たのかね。
「涼宮病がうつったのか…。というか、あの教室に蔓延してるんじゃないだろうな。そうしたら、俺達のクラスはもう異空間になってんじゃないか?」
 さあな。もしかすると、既に異空間かもしれん。
 さすがに、少なくともSOS団が結成されていた頃は元文芸部室は異空間になっていたらしい、ってところは伏せておいた。
「この前の雪、あれも変だった。異常に融けなかったんだよな。なのに、突然夜に融けやがった。あれは明らかに怪奇現象に違いない」
 アホの割に鋭いな。
「…ってんなわけないか。いや、どうも最近疲れてるらしくてな、そういうことを考えちまってるんだ。訳分からんこと言うのは涼宮だけで十分だ」
 ああ、こいつが本当にアホで良かった。
「もし谷口が考えたことが事実であれ、僕達が深く考えることじゃないと思うね。僕達が何かできるわけでもないし」
「間違いねえ。きっと気のせいだ、そう考えた方が精神衛生上いい」
 谷口は全部言い切ってすっきりした表情で、真面目にあれが世界を揺るがすような超常現象だとは思っていない様子だ。当然と言えば当然だ。ああいうのを真面目に信じてるなどと打ち明けられたら、ハルヒとその取り巻きに出会う前なら「よし、精神病院へ行け」と躊躇いなく言ってやっただろう。
 しかし、このままだと本気でこれは何かあると騒ぎ出す人が出てきてもおかしくないぞ。閉鎖空間だけで終わらせる話じゃなくなったわけだからな。ハルヒと関わっている間は厄介事から離れられないのは確からしいが、突然家に警察が来て「君を逮捕する」なんてことにだけはなりたくないね。
 谷口は予鈴が鳴り、ぞろぞろと生徒が教室に向かって歩き出したのに従って歩き出してすぐ、こんなことを言った。いや、言っちまったというのが後々正しいと言うことが判明する。
「きっと昨日だかに見たあのツチノコっぽいのも、見間違いだろう。全く、そんな変なものが居るわけないんだよな」
「そうだね。そんなのが居たら世界中大騒ぎになってるよ」
 ああ、そんなことはない。あるわけがない。あっていいわけがない。

「キョン、ちょっと来なさい」
 教室に戻ってくると、ニヤニヤ顔のハルヒが待ち構えていた。
「あー、なんだ。これからちょっと職員室に、」
「何の用事があるのよ。もう予鈴なったわよ」
 いや、すまん。用事はない。
「だったらいいからさっさとついてきなさい」
 ハルヒにずりずりと引きずられて、呆れ顔の谷口国木田コンビを遠目に見ていると、毎度おなじみ、といってもまだ2回目の屋上手前の踊り場で停止した。お前、予鈴が鳴ったって今言ったばかりだろうが。
「キョン、あんた昼に谷口たちと話してたでしょ」
 無視して話を続けるハルヒ。やれやれ、やっぱり俺の言葉なんかどうでもいいわけね。
 しかし…まずいな。あいつらとの話を聞かれていたらしい。
「なんかこそこそしてると思って、顧問権限であなたたちの話を聞かせてもらったわ」
 どんな権限だ。ただの盗み聞きだろうが。
「谷口がツチノコを見たっていうじゃない」
「なんか、そんなことを言っていたような、そうでもないような。というか、ツチノコっぽいとか言っていただけだと思うぞ」
「どこで見たか確認してきなさい。明日は町内の探索をやめて、ツチノコ探しするわ」
 マジかよ。
「ちゃんと聞き出さなかったら、みくるちゃんの代わりにあのメイド服着て1週間お茶汲みさせるわよ」
 そんなことをさせられたら自殺モノだ。

 結局谷口から目撃日時や場所、見た角度まで細かく聞き、「そんなもの知らん」と谷口に言われながらも必要事項をなんとか思い出させ、ハルヒに伝えた。
 全部聞いた後、ハルヒは目がこと座α星並、いわゆる七夕の織姫星レベルに輝かせてこぶしをつき上げ、叫んだ。
「明日はツチノコ捕まえるわよ!」
「なあ、長門」
 そんなものは居ないよなと言おうとしたが、長門の読んでいる本の題名を見て言い換えた。
「ツチノコって飼えるのか?」
「それなりに」
 読んでいた本、それは「ツチノコの飼い方」。誰だよ、こんな本出したのは!