翌日のことである。集合時間は、ハルヒの提案から午後3時過ぎ。
全員でトラップを仕掛けた山の入り口に集合した俺達は、いつも通りあの爪楊枝で班分けをした。色なし、赤、青の3つに分けた爪楊枝で、ハルヒ・俺、長門・古泉・朝比奈さん、鶴屋さん・朝倉・実希という班が決定。ハルヒと2人で行動するのは、朝倉の家に乗り込んでいくとき以来かもしれんな。
1組に1つ、仕掛けた罠を確認するということで、俺達は入り口から10メートルちょっと、茂みをその3倍の距離くらい入ったところの罠を確認した。足元がでこぼこしてるせいで、たどり着くまでは思っているほど楽じゃないんだよな。
罠を確認すると、扉は閉じていたが、中には何も居ないという状態だった。
「かかってないわね。ここじゃないのかしら」
「ちょい待てよ。なんで扉が閉まってるんだ?」
酒を入れた容器を確認すると、酒は完全に乾いているといっていいくらいに無くなっていた。いくら揮発性があるとはいえ、アルコール度数はそこまで高くない。全部蒸発した、という説はあまりに信憑性がないよな。
「……分かったわ!ツチノコは、体を伸縮自在なのよ!」
ハルヒは一人で納得している。んな訳あるかよ。
「そうよね、こんな何処にでも売ってるような檻で捕まるようなものじゃないと分かっていたのよ」
嘘つけ。今までここじゃないのかしら、とか言ってただろうが。
「やっぱり、罠で捕まえるなんて受け身じゃだめなのよ。犬も歩いて棒に当たらなきゃいけない時代よね」
その棒ってのがあまりに危険すぎるんだってのを、こいつはちっとも分かってない。
元の道に戻ると、他の組員も帰ってきていた。どうだった?
「だめです、こっちもさっぱりでした。既に扉は閉まっていたんですがね」
「こっちも同じで、完全にお酒だけ無くなってたっさ」
「ってことは、ツチノコはそっちにも行ったのかしらね」
そうだとツチノコは随分酒に強いということになるな。
……待て待て。ハルヒの押しに負けて忘れていたが、あの本が正しいと誰が証明できるんだ。なんたって誰も捕獲して、飼育したことがないんだろう。それどころか、実在するかすらが怪しいんだ。
「そうね。あの本にだまされていたんだわ」
ああ、これでもう、ツチノコ探しなんかやめ、
「この網で直接捕まえるわよ!」
やっぱり、こいつは何も聞いて無いな。ポジティブシンキングなハルヒは、何がなんでも捕まえてやろうというやる気にあふれている。もっと、別の部分にその力を注げば、何でもできると思うんだけどな。
昨日持ってきていた網の本領発揮とでもいうかのように、ぶんぶんと網を素振りし始めた。
最近、それらしい事件が起こってない、とハルヒは思い込んでいて。実際、本当はいろいろ起こっていたわけだが、ハルヒはそんな体験をしていないわけで、久々の不思議事件なわけだ。
これは、最近ヒットに恵まれなかったバッターが、満塁サヨナラの場面で指名打者になり、マウンドに向かう前の準備運動といった状態だろう。絶対にホームランを打ってやる、という気概がにじみ出ている。
その上、さっきの罠でファール、ツチノコが実在し、もしかしたら捕まえられたのかもしれないと思ったら、次こそはとハルヒが燃え上がるのは、確かに分からんでもない。
しかし、さっきのノリとは裏腹に、網は1つしか用意していなかったらしい。まあ、あの檻で捕まえられるだろうという気持ちがあったんだろうな。そうじゃなければ、きっと網も3つは用意していただろうし。
こういう事情もあり、先程分けた班はさっさと解体、全員行動に戻る。先頭に俺と古泉、真ん中の集団に朝比奈さん、鶴屋さん、実希、朝倉の4人、その後ろにハルヒが網を構え、最後尾は虫籠を持った長門といった構図になった。
まず、俺と古泉が置いた手、後ろの4人がハルヒの方向へ誘導する道を作る。そして、ハルヒの方へ飛び込んでいったところを網を被せて捕まえ、長門が持っている虫籠へ入れる、という手順になった。
すぐにこいつは無意味だと気づく。ハルヒがもしツチノコを見つけたときにおとなしくしているだろうか?否、絶対先陣を切って飛び出すぜ。せめて、ハルヒが崖に突っ込んでいって落ちたり、木に激突しないように周囲を確認する役に徹する方が得策だろう。
「本当に、これで捕まえられるんでしょうか?」
正直徒労にしかならないような気もしますが、まあハルヒが気が済むまで付き合ってやればいいんじゃないですかね。口で言っても分かりませんし、理解する気もないようですから。
そんな俺らの不安もいざ知らず、ハルヒの能天気な鼻歌なんぞを背中に、丘を捜索すること2時間ほど。集合時間が集合時間だっただけに、外も少し暗くなってきている。
降った雨が作ったんだろう小川の近くを探していると、大きな音を立てて何かが茂みに逃げ込んだ。
もしかして、いや、そんなわけは、
「捕まえるわよ!」
ハルヒは予想通り、網を構えて先頭に立ち、音が方へ走り出した。やっぱりな。
1回目振り下ろした網は草に被せただけだったみたいだが、2回目で確かに網の中、何かうごめくものが確認できた。
図体がかなりでかく、思ったほど逃げ足は速くないみたいだ。
「有希、籠!」
長門はさっと網に近づいて、動いているものを網の上からがしっと掴み、備え付けの窓からは入らないとふんだか、屋根部分を完全に取り外した虫籠の中にそれを入れた。
透明な虫籠の中に入ったそれは――
「何よ、ただのトカゲじゃない」
あまり見慣れない、巨大トカゲといった感じだった。
「キョンが突然声出すから、もしかしてと思ったのに」
俺だって、一瞬そう思っちまったんだから、仕方がないだろう。
「ただのトカゲじゃないですよ」
実希が眼鏡をいじりながら、虫籠を見て言う。
「これ、オオサンショウウオです。天然記念物ですよ」
「オオ……サンショウウオ?」
そんなもんがこんなところに居るのか?
「ここで見つかるとは思いませんでしたが、確かに、僕もオオサンショウウオだと思いますよ。前、一度本物を見たことがありますが、それとそっくりですね。さすがにツチノコと比べれば、見つかる確率は高いですが、他の生き物から比べれば、かなり珍しい部類ですよ」
天然記念物だったら、そりゃそうだ。いくらでも見つかれば、天然記念物にもならんだろうし。
「うーん、まあ仕方がないわ。今日はこのサンショウウオで許してあげましょ。みくるちゃん、カメラ渡して」
「あ、はぁい」
朝比奈さんがポケットから取り出したデジカメを渡すと、ハルヒは虫籠の中の天然記念物を被写体に、何枚か写真を撮った。
そして、さすがに天然記念物を持ち帰って、飼うわけにもいかないからリリースする。すまなかったな、元気にやれよ。
虫籠から長門が出してやると、一度静止してこちらを見るような仕草をしてから、茂みの中に入っていった。
「ま、珍しいものが見れたし。来週の休みもまた探すわよ!」
おいおい、マジかよ。
ここで、謎が残る。
あの酒はどう説明する?マジでツチノコが存在して、どうやったかは知らないが、酒だけ飲んで出ていったのか?
……いや、事実はこうだ。
アル中の夢遊病持ちのジーさんが、ふらふらと山の中に入ってきて、容器に入っていた酒を見つけて飲む。そして、扉を開けてご丁寧に容器を戻した。たまたま3つとも、ジーさんの移動ルート上にあったんだ。それ以上でもそれ以下でもない。
そうしておこう。深く考えるのは、実際に目撃してからだ。