おっと。
扉の取っ手に触れる瞬間に、がらっと音を立てて扉が開き、中から急いで出てきた朝比奈さんと急接近、すんでのところで衝突を逃れた。
「あ、ごめんなさい」
ぺこりと朝比奈さんは深く一礼して、また駆け出した。どうしたんだろうか。
今日は何故か、SON組の組員は忙しそうだった。長門、古泉の姿が見えず、鶴屋さんと実希は机の上で何やら折り紙を折っているし、ハルヒはハルヒでコンピュータに何かせわしなく打ち込んでるし、朝倉はまた新しく持ってきたのか、調理道具を片っ端から洗っていた。
なんだろうね、この騒ぎは。空襲警報でもあったか?
「ほら、キョン。何ぼーっとしてんのよ。これだけ買ってきなさい!」
渡されたのは買い物リスト。
って、何に使うんだ、こんなに。なんだか赤い文字で「追加」だとか「新規」とか書いてあるな。いや、それ以上に、何で俺が使いっぱしりをせにゃならんのだ。
「他はそれぞれ全員仕事してるのよ。あんただけ、そこでぼーっと頭の中で土筆生やして、春やってるんだから。もうオオイヌノフグリも咲ききったわよ。さっさと脳内切り替えて、手伝いなさい」
何に使うかってところが、全く解決されていないわけだが。ああ、あと急がしそうにだな、
「そんなのどうでもいいから、さっさと行ってきなさい!」
足蹴にされて教室から叩き出された。
なんだ、ハルヒは。今日何があるかすらも分からず、その上で「買い物に行ってきなさい」である。文句の1つも言いたくなるのは、分かるよな?
と言いつつ、教室にも戻れないし、家に帰れば後々怖いしで、結局商店街まで歩く。
にしても、誰かの誕生日だったりするんだろうかね。ここまで盛大にやるとなると、やっぱりハルヒのか?
もし、それがマジだったらやばいな。プレゼントを買ってないからな。
それ以前にどんなプレゼントがいいのかさっぱりだ。
うーむ、そうだな、やっぱりアクセサリー類だろうか。ハルヒには何が似合うか。イヤリング、ってのはなんとなく違う気もするし、長門に買った同じやつを買うのも問題だ。
じゃあネックレス、というのもなんとなく違うような。あと、なんとなく、「こんな首に巻いてあるのは邪魔なのよ!」とか言われそうだし。同様にペンダント、チョーカーとか首周りのアクセサリーを却下する。
そうすると、なんだかアクセサリー類は全て「邪魔」の一言で片付けられそうな気がしてきた。これはまずいな。
洋服辺りがいいだろうか。幸い、商店街には洋服店がいくつか並んでいるし。
……待てよ。女性の服に対して、センスがいいかと問われれば、正直首を捻らざるを得ないわけだが、それ以前に女性用の服を一人で買いに行くのか。奇妙な目で見られること請け合いで、この選択肢は他のに先駆けて排除せざるを得ない。
いや、それ以前に。ハルヒの性格を考えてみろ。
ごくありふれた洋服を渡して、「わー、嬉しい。ありがとう!」なんて言うだろうか。
出会った頃の、一向に成長しない双葉を見ながら悪態つくような、あんな顔しかイメージできない。「こんなありふれたプレゼント、あたしが喜ぶとでも思ったの?」
うんうんと唸りながら商店街を歩いていると、
「やあ、これはどうも」
何やらでかいものを抱えていた古泉に出会った。なんだ、古泉、そのでかい箱は。もし花瓶なら、うちの妹くらいなら中に入れるかもな、というくらい大きい。
「七輪です」
今のご時世、どこの誰が七輪なんざ使うんだ。
「そうでもありませんよ。七輪は遠赤外線でじっくりと焼けますから。油も程よく落ちますし、日本人のおいしく食べる知恵です。こういうご時世だからこそ、こういうものを見直す必要があるんです。温故知新という言葉も、」
お前の御託を聞きたいわけじゃない。何故そんなものを抱えているのか、それを聞きたいだけだ。
やれやれ、と古泉は憎らしいくらいのスマイルで首を振る。
「涼宮さんに買ってきて欲しいと頼まれたからです」
あいつは何を考えているんだ。さすがに、バーベキューは早いだろう。
「まあ、もうすぐお花見の季節ですし、それもいいかもしれませんね」
場所によっては桜が咲いているだろうが、まだちらほらとピンク色が萌えだしただけで、満開には遠い。そんな桜を見て楽しいのかね。
ちなみに、萌えといっても芽が出ることで、怪しげな人が使っている流行語ではないので、その点は注意だ。
「いえ、これはお花見の準備ではないですよ」
じゃあ、何の準備なんだ。
「ご存知ないんですか?」
ハルヒは何も言わなかったからな。
「では、僕からもお教えするには参りませんね」
最初から期待してない。お前はいつもそうだからな。
「一つだけ聞かせろ。ハルヒの誕生日か?」
もしそうなら、何か買っていかなきゃいけないからな。宇宙人ストラップとか、どうだろう。
「いえ、違いますね」
それならいい。
「では、また教室で」
キザ満開で、古泉は去っていった。全く、何なんだ、今日は。
振り返ると、
「うおっ」
片肘くらいの距離に、長門が立っていた。こいつは、気配を消していたんだろうか。いや、よく気配を消すような、と言われたりするが、正直人間を気配で感じられるものなんだろうかね。少なくとも、気だのなんだのみたいな意味で、気配を感じるということは無理である。
しかし、人間なら足音とか息遣いとか、そういうものがあるだろう?それが、もうちょい近づけば息がかかるかもしれないような場所で、全く感じなかったわけだから、やっぱり気配というべきものがなかったと言っていいんじゃないかね。
そんな想像は置いておくとして、長門は何を頼まれたんだ?
「これ」
なんだ?
袋の中身を見ると、新鮮そうな魚介類。ってか、動いてる、動いてる。
しこたま買い込んだ、という感じで、長門の両腕には買い物袋4つ。これは重いだろう、さすがに。
「む?」
そういえば、と買い物リストを見る。そこには、長門が買った魚介類の名前がちらほら。
なんだ、ハルヒのやつ、同じものを買いに行かせたのか。
「数が違う」
長門にそう言われ、リストを見直す。長門が取り出したリストと見比べると、確かに言われた通り、2つのリストに書かれた数が違っていた。
最初見た時にはさっぱり意味が分からなかったが、長門の買い物に追加で買ってこいということだったわけか。
「って、これだけ買ってまだ足りないのかよ」
「今までの関係者をかなり呼ぶと言っていた。だから数がこれだけになる」
今までの関係者って、新川さんや森さん、あの学校の校長とか、新任女教師まで呼ぶのか?
何をおっぱじめる気だ。まさか、SON組を全学校に作り、その学校全ての顧問にのし上がり、世の学校という学校を席巻しようとか抜かさないよな。
「そうではない」
長門も知ってるのか、この騒動。
「もうすぐ記念日」
「記念日?」
はて、誕生日ではなくて、何かの記念日となるとなんだろうな。SOS団創立記念日にはちょっと早いよな。SON組はまだできたばかりだし。
さっぱり分からん。が、とりあえずハルヒが言った通りにすれば、お咎めはなし。
重いだろう、荷物持つぞ。
長門が持っていた袋を全部受け取ると、
「ぐ、ぐぬぅ……」
重かった。つーか、重いどころじゃなかった。こんなところで、平々凡々な高校生相手に、突然バーベル上げでもさせようとしているのかと思うくらいだ。
この有機アンドロイドが人間でないことをさっぱり忘却していたぜ。こんな重さのものを、飄々と持ち上げるんだからな、やっぱり人間に見えても、全く人間とは作りが違うらしい。
結局、半分ずつ持つことにし、追加分を1袋ずつ新しく両手に提げて、ハルヒ頭領が待つ教室までの荷物の運搬の仕事を続けた。
「よく考えたら、有希に買い物させた量がちょっと多すぎたし、追加分と共にキョンを荷物持ちに指名したっていうのに。有希と同じ分しか持ってないってどういうことよ」
さすがに重過ぎてな。長門はこう見えても、かなり鍛えているからな。これくらい平気と、笑顔で親指立ててたぞ。
「……なんだか想像できないけど」
まあ、あまり表情を出さないからな。
と、思いっきり嘘を並べ立てたが、当の長門はさほど気にする様子もなく、荷物を長机に置いた。中身を確認して、ハルヒは頷いた。
「うんうん、これだけあれば大丈夫ね」
「ハルヒ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのか。何やるんだ、これ」
「何言ってるのよ、もう忘れたの?」
もう、って言われても、何も覚えるようなことはなかったはずだが。
「明後日でSON組は設立100日目を迎えるのよ!」
だから何だ?
「喜びなさい」
何でだよ。
「あんたね、そんなのじゃ彼女できないわよ」
教卓の前に立って拳を握る。
「このSON組が発足して100日も経ったのよ!特に100日目なんか、とてもキリがいい日じゃない。それに、丁度春休みだし、みんな呼んで盛大にぱーっとやりましょ!」
で、こんなに物を買い込んだわけか。この予算はどこから出るんだろうねえ。考えることだに、恐ろしい。
「まあ、あなたにとっては、平和でいいんじゃないの?私にとっては、もうちょっと活動的の方が嬉しいんだけど」
朝倉、またお前何か企んでないだろうな。
「残念ながら、何か企んだらまた消されちゃうし。そう、何度も何度も消されるのも大変なのよ」
一番大変なのはこっちなんだが。
「ま、安心して」
全然安心できん。
「さあ、キョン。飾りつけ手伝いなさい」
「待て。明後日なら、いろいろ早過ぎないか?」
明後日が新年でもないし、突然世界的大異変が起こって、物価が高騰することもないだろう。
「何言ってるのよ。前夜祭よ、前夜祭」
こいつは、前日から遊び倒す気らしい。
「SON組がこれからもどんどん発展するように、気合入れていくわよ!」
へいへい。
俺は、鶴屋さんと実希が黙々と作っている、小学校の歓迎会みたいな飾り付けを手に、壁面の飾りをつけるための踏み台を探すことにした。