「前夜祭よ!」
 はいはい、分かったからコップを振り回すんじゃありません。さっき注いだジュースが零れるっての。
 前夜祭といっても、さすがに盛大にやることはできなかったらしく、昨日飾りつけた教室の中、SON組メンバー8人揃っての小規模会食となった。
「違うわよ」
 何が違うんだ。
「盛大にできなかったんじゃなくて、しなかっただけよ。もし、前夜祭で張り切りすぎて、明日せっかくみんなが集まるのに、やる気が出なかったらどうしようもないじゃない」
 お前の場合は、今日が盛大でも、明日は明日でまた盛り上がる気がするがね。
「まあ、乾杯といきましょ。あ、杯を乾かすってくらいだから、まず1杯目は一気に飲むのよ」
 と言いつつ、みんなのコップに注がれた液体は、空気が中から何度も湧き上がる、
「あ、あの、涼宮さん」
「何、みくるちゃん」
「これ、炭酸が入ってると思うんですが」
「そうよ」
「えっと、飲みづらい……と思います、よ?」
「気合よ、気合」
 根性論だった。
「あとはその場のテンションに身を任せ、ぐいっといくのよ。いつもは駄目でも、テンションに流されればできるものよ」
 つまり、拒否権はないらしい。
 何度かあの手この手で、ハルヒを諦めさせようとするのだが、一向に根性論を枉げないせいで、朝比奈さんもとうとう黙り込んでしまう。もう、何言っても駄目だということは最初から分かっていたので、俺はこいつをどうやって処理しようか、そっちに考えを巡らせていた。
 根性論?そんなもので上手くいくほど、世の中は甘くない。ハルヒはテンションがヒマラヤ山脈を越えていようが、こっちはせいぜい富士山5合目ってところだ。
 まあ、確かにもうすぐ100日目を迎えるということ自体は喜ばしいことかもしれん。ハルヒに振り回されてはいるが、誰も大きな怪我なく、100日目を迎えられることは、このご時世から考えれば、ささやかながら幸せなのかもしれん。
 しかしだな、だからといって、この地獄一気飲みは喜んでいる場合じゃない。炭酸というのはな、喉を通る時にちくちくとした痛みがやってくる上に、腹に空気がたまり、おくびという方法で追い出したりしなくてはいけない、かなり極悪非道な飲み物である。
 ましてや、それを一気飲みだ?頭がどうにかなってるとしか思えないね。
 だが、無常にもその時はやってくる。
「いくわよ。明日のSON組創立100日目、その前の前夜祭で99日目を記念して」
 なんだか記念日の前の記念ってなんなのかさっぱりだが。
「乾杯ッ!」
 口々にそう言って、コップに口をつける。ハルヒはジュースを胃に流し込むと、
「ぷはーっ!やっぱり炭酸の一気飲みは目が覚めるわよね」
 ついでに、人に随分と迷惑をかけているという自覚をしてくれ。
「ほら、みくるちゃん。手が止まってるわよ」
「わ、わ、わ」
 憐れ、朝比奈さんは予想通り、ハルヒにがっちりと捕まっていた。
「ちゃんと飲まないと、下着姿で、真夜中の校庭忍び込んで、一晩中「ベントラー」って叫ばすわよ」
 訳の分からない罰ゲームができていた。
 いや、まず何で買ってきたジュースが全て炭酸なんだろうな。
「ああ、明日はちゃんとオレンジジュースとかもあるわよ。炭酸もあるけど」
 新手の嫌がらせに間違いない。
 そんな二人を尻目に、長門は新たに注いだジュースをあおりながら、テーブルに置かれた食事を全種制覇する方に余念が無かった。食べる速度は割と早く、っていうか早すぎだ。
 実希はまだ1杯目をちびりちびりやっていたが、ハルヒはそれを知らなかったらしく、「実希、ちゃんと飲んでる?」と朝比奈さんとの攻防の合間に声を掛けるが、「既に3杯目です」と返した。賢しいやつめ。
 古泉と鶴屋さんは、長門達のような宇宙人特殊仕様ではないため、さすがに一気飲みは辛そうだったが、なんとか完食、じゃなくて完飲というべきか。この2人は、割と根性論が似合うかもしれん。
 俺もハルヒからの追求を逃れるべく、なんとか飲み干す。いろいろ考えたが、やっぱりこれが手っ取り早い方法だ。喉がいかれそうだぜ、全く。
「うふふ、コップが空いてるじゃなぁい」
 俺のコップにとくとくと、そしてなみなみと埋め尽くす炭酸。その犯人は、
「朝倉?」
 背後から現れ、にこりとしてから、俺のコップを、腕を掴んで口元に近づける。
「じゃあ、飲みなさい」
 酔った時特有の頬の赤さと半目、テンション。朝倉は、笑い上戸で、絡むと飲ませるタイプらしかった。
「って、そんなこと言ってる場合じゃな、ぐぼ……」
 口元につけたコップはどんどん角度を増し、ともすると、口から溢れて制服にかかってしまうため、どうにかこうにか飲み干す。さすがに辛いぜ、2連続は。
「すごいすごい。ね、もう1杯」
「な、長門!こいつを止めてくれ!」
 しかし、反応は無い。ハルヒは相変わらず朝比奈さんにお熱だし、その他大勢は苦笑やら、我関せずといった表情やら。
 どうにか引き剥がして、距離をとる。ふう、このままじゃ体が炭酸漬けになるところだったぜ。
 にしても、この場には酒はなかったはずだ。朝倉はどこでこんなに酔ったんだよ。キッチンドランカーみたいに、料理酒でも飲みやがったか?
「炭酸で、です」
「……なんだって?」
「炭酸で酔ったんです」
 実希が答える。ありえない、ありえないって!
「世の中には、炭酸で酔う宇宙人も居るんです」
 そんなの初耳だって。
「まあ、作り話の中だったと思いますけど」
 じゃあ、何か。朝倉はその作り話を見て、「本当は、炭酸って飲んだら酔うものだったんだ」とかプラシーボ効果がかかったのか?
「かもしれません。あとは、雰囲気に酔ったとか」
 いや、さすがにそれはありえないだろう。
 とかなんとか言ってる間に、朝倉が復活して接近していたことに気づかなかった俺は、
「うふふ」
 という朝倉のこの上ない、極上スマイルを眼前に見ることになった。なぜなら、朝倉がイスに座っている俺の膝の上にまたがり、自由を奪った後、今度は自分のコップに炭酸を注ぎ、
「お願い♪」
 そう言いながら、拒否もかなわず、強引に俺の口にジュースを注いでいく。傾けられ続けるコップに悪戦苦闘していると、
「あっ、朝倉さん!」
 朝比奈さんを撃沈させたハルヒが状況を、
「それは私の役目よ!」
 もっと悪化させた。誰か止めろ!

 ちなみに長門はというと。
「……」
 ハルヒVS朝倉の被害を多大に受けた俺は、合計2桁に突入した炭酸で腹を満たした後に、部屋の外でふらふらと出てきた時に長門を発見した。
「長門さん、あなたは何をしていらっしゃるのですか」
 ジュースと皿に盛った食料を確保し、裏庭に逃避していた。やるな、長門。